心残り
背も伸びたし体型も変わったし、結構無理があるんだけれどと散々ごねた挙げ句、それでも塔矢は
最後には、諦めたように「うん」と小さく頷いてくれた。
『本当に悪趣味にも程があると思うけど』
それでもキミが望むのだったらそうしてあげてもいいと溜息まじりに言われて微笑んだ。
『うん、ありがと。それが一番嬉しいから』
そう言ったら度し難いというような顔をされてしまったけれど、それでも欲しい物を貰えるならばそれ
でいい。
当日、夜の十一時を回った頃からおれはそわそわしてじっと座っていられなくなって、十二時丁度に
玄関のチャイムが鳴らされた時、飛び上がらんばかりにしてインターホンに出た。
『ぼくだけど』
くぐもったような声で言うのは、たぶん恥ずかしくて居たたまれない気持ちでいるからだろうと思い、
すぐにオートロックを解除する。
「開けたよ、入って」
『わかってる』
塔矢の返事はいつも以上にぶっきらぼうだった。
待つこと三分、エレベーターホールの方から足音が近づいて来て、今度は部屋のチャイムが鳴らさ
れる。
「塔矢?」
尋ねると「ぼく以外の誰がいるんだ、ふざけているなら帰るぞ」と怒った口調で言われた。
「ごめん、別にふざけたわけじゃないって」
慌ててドアを開けると、塔矢がむっとした顔で立っていた。
「キミの頼みだから着てあげたけれど、正直キツイ。もうすぐにでも脱ぎたいんだけど」
「わあ、もうちょっと堪能させろよ」
玄関の三和土に立つ塔矢は懐かしい海王の制服姿だった。
誕生日に何が欲しいと聞かれて、別に物は欲しく無いから願い事を叶えて欲しいと頼んでわざわざ
着て来て貰ったのだ。
「それから、お願いもう一つあっただろ?」
促すと更に苦い顔になって渋々というようにおれの顔を見詰める。
「…キミが好きだよ」
キミが好きだよ、進藤と、ゆっくりと言ってそれからふいに顔を染めて俯いた。
「いいだろう、もう。こんな茶番はたくさんだ」
おれが塔矢に願ったのは『海王の制服を着ておれに好きって言って』ということだった。
出会った最初の時も、その後の様々なシーンも全て瞼の裏に焼き付いているけれど、おれにとっ
て一番印象が強いのは海王の制服を着ている塔矢だった。
でも、あの制服に身を包んだ塔矢がおれに笑いかけたことは無い。いつも厳しい顔でおれのこと
を睨んでいた。
だから―。
あの姿の塔矢におれを好きと笑って言って欲しかったのだ。
残念ながら『笑う』の方はクリアとはならなかったけれど、首筋まで真っ赤に染めて俯いている塔矢
を見られたのだからそれはいい。
「ありがとう、めっちゃ嬉しい」
「…キミは変わってる」
「そんなことねーよ、男のロマンだよ」
だからロマンついでにその制服、脱がせるのもやらせてくれないかなと言ったら、さすがに許容量
を超えてしまったらしく、思いきりぶん殴られた。
「誕生日だからこれで許してあげるけれど…」
もしこれが普通の日だったら絶対にこの程度では勘弁しなかったと睨む眼差しは昔向けられてい
たものとよく似ている。
「ごめん、悪かった、調子に乗ってゴメンナサイ」
でも、ふっと力が抜けた瞬間に現われる表情は紛れも無くおれへの愛情に満ちていたので、おれ
は時間の流れをしみじみと感じ、また殴られると解っていながら、塔矢に「キスして」とねだらずに
はいられなかったのだった。
※女装だと思った人ごめんなさい。2012.9.20 しょうこ