宝物



進藤は意外にも身なりに気を遣う方で、ブランド物に執着することは無いけれど、気に入ると
値の張る物でもポンと迷わず買ってしまう。


そのコートはヨーロッパに遠征に行った時にホテルの近くの店で見つけた物で、最初は冷や
かしだったのが、試着したりしているうちに本当に欲しくなってしまったらしい。値切り交渉をし
た挙げ句、カードですっと買ってしまった。


「キミ、いくら何でも無駄遣いが過ぎるんじゃないか」

日本円にして十万円のコートをいきなり買ったことに驚いて言うと、進藤はムッとした顔で言い
返して来た。


「なんで? モスキーノのラムのコートだぞ。日本で買ったらあれの倍はするじゃんか」
「だからって、コートに十万円だなんて馬鹿げている」


確かにそれは進藤によく似合っていて、悔しいながらも男前度がかなり上がるのだが、普段使
いの物にそんなに大金を使うことはぼくにとっては抵抗がある。


「おまえだって、この前もっと高いスーツを買ったじゃんかよ」
「あれは…仕事着だから」
「おれだってこれ、指導碁に着ていくかもしんないじゃん」


まったくああ言えばこう言うで悪びれ無い。何より本当に気に入ってしまったらしく、子どもがぬ
いぐるみを抱えるようにほくほくと大切そうに抱えているので文句を言う気も失せてしまった。


「まあ…いいけど、精々大切に手入れをするんだね。革製品は管理が大変だよ?」

「ちゃんとやるって、おれの宝物だもん」

そして実際進藤はそのコートを大切に扱ったのだった。


ところでぼく自身は元々革製品があまり好きでは無い。

動物愛護などの高尚な理由では無くて、単純に匂いが苦手なのだ。

彼が買ったコートもそんなに匂うという程では無いけれど、やはり革独得の匂いがあって、買って
欲しく無かったなと心の中で思った。


そんなぼくの気持ちとはうらはらに、彼はコートを大切にし、寒い季節になるとクローゼットから出
して来て、いそいそと腕を通した。


その日も初詣に行くということで進藤は迷いも無く革のコートを羽織い、ぼくと一緒に機嫌良く出か
けた。


(まあ、外だし)

匂いは気にならないだろうと思ったのも束の間、神社に着いて後悔した。普段とは違い朝の満員
電車並の混雑の神社は人が芋洗い状態で、ぼくは彼と思いきり密着するはめになってしまった。


それまでもそのコートを着ている彼に抱きしめられたりしたことはあったのだけれど、こんな人混
みの中ではさすがに無い。


人いきれと熱気と、祝いの酒でほろ酔い気分の人々の吐き出すアルコール臭、それと革の匂いが
混ざり合ってぼくはすっかり人混みに酔ってしまった。


「ごめん…ちょっと」

彼を突き放すようにして、かなり強引に人混みから離脱する。

進藤は驚いたようにすぐに追いかけて来たけれど、まだ気分の悪さの抜けないぼくは、道路の端に
座り込みながら近づかないでくれと思わず彼に言ってしまった。


「本当にごめん。少し休めば良くなるから」
「塔矢…」


心配そうにぼくの側に突っ立っていた進藤は、少しして冷たい飲み物でも買って来ると場を離れた。

そしてすぐに戻って来.ると炭酸飲料の缶をぼくに差し出した。

「おまえ普段炭酸飲まないけど、こういう時はいいと思うから」
「ありがとう―」


顔を上げて受け取ろうとしたぼくは、彼の違和感に気がついた。この寒空の中、何故か彼はさっきま
で着ていた革のコートを着ていなかったのだ。


「進藤? コートはどうした?」
「ああ、捨てた」


けろりと言われて気分の悪さも忘れて仰天した。

「は? あのコートを? キミ、あれを気に入っていたんじゃないのか?」
「そうだけど、あのせいで気分悪くなったんだろ。ごめんなおれ気が回らないからずっと解らなくて。お
まえ革の匂いダメだったんだな」


言葉には出さなかったのによく解ったと褒めてやりたい気分と、だからって十万のコートを捨てたって?
と言う気分の両方がせめぎ合った。


「バカじゃないのか? 十万のコートだぞ!」

結果、勿体無いという気持ちの方が勝って怒鳴りつけてしまった。

「キミ、何を考えているんだ。幾ら稼ぎがあるからって十万の革のコートを捨てるなんて有り得ない」

信じられない、バカだ阿呆だと罵り続けるぼくを進藤はへらりとした笑いで軽くかわした。

「だっておまえのがずっと大事だもん」

おまえが気分悪くなるんだったらそりゃ捨てるよと言われて一瞬絶句した。

「バ――――」

その後の大罵倒大会は内容的にも新年に相応しいとはとても思えないようなものだった。

お陰でぼくは気分の悪さが吹っ飛んで元気になり、でも口は止まらなかった。

「バカだバカだ、本当に大バカだ」

どこに捨てたか吐けと言っても進藤は頑として口を割らなかった。どんなにぼくが罵倒しても、元気にな
って良かったと、にこにこと、ただ笑っているのでぼくは本当にたまらない気持ちになってしまった。


「本当にキミは―」

信じられない大バカだと口汚く罵りながら、うっかりすると泣きそうになる。

ぼくは初詣が終わったら、匂いも良くて手触りも良い別のコートを彼に買ってあげようと、そっと密かに
思ったのだった。



※結構物に拘るけれど、アキラが絡むと未練が無くなるヒカルでした。なんといっても一番大切な宝物がアキラだから(^^;
新年早々のバカップル。この後三越とか松坂屋とか行って店が開いていないので、結局翌日行くことにして早々に家に帰ります。
2012.1.1 しょうこ