口づけ



「おれ、シャワー浴びてくる」

そう言ってベッドから起き上がると、塔矢は手だけを微かに上げて、いってらっしゃいとでも言うようにひらりと振った。

「おまえはまだ寝てていいから」

今日はゆっくり湯船に浸かりたい気分だから無理に起きなくていいからなと付け足すように言って寝室を出る。

否、出るふりをした。

そして気配を殺してそっと中の様子を覗う。

どうしてこんなのぞきのようなことをしているかというと、この後に嬉しいものが見られるからだ。


「進藤?」

薄い布団にくるまりながら塔矢が声だけでおれを呼ぶ。けれどそれに返る声が無いとわかるとしばらくしてむくりと起
き上がった。


そして辺りを見渡して小さく一つため息をつく。

「…まったく、どうしてこうもだらしないんだ」

塔矢が言っているのはベッドの周囲に脱ぎ散らかしたおれの服のことで、いつもおれは塔矢を抱く時、気持ちの方が
先走ってきちんと綺麗に一ヶ所に脱ぐということが無い。


「こんなふうにしていたら皺がついてしまうのに」

自分はまだ何も身にまとっていない姿のままで、塔矢は気怠そうにベッドから抜け出すと、一枚一枚おれの服を拾い
集め始めた。



「このジーンズはお気に入りだったんじゃないのか?」

「このシャツだって時間をかけて選んだくせに」

ぶつぶつとつぶやく声がふと途切れる。

塔矢はおれのシャツをじっと見つめていたのだが、やがてふわりと微笑むとそっと布地に口づけた。

「――――好きだ」

小さく言って再び笑う。

そして拾い集めたおれの服を愛しそうにぎゅっと抱きしめた。

「好きだよ、進藤」

そこまでを見て、おれはその場を離れた。

胸の内には温かいものが満ちていて、ほんの少し刺激を与えただけであふれ出してしまいそうだった。

(おれも好き)

大好きだと、声に出せない言葉が体の中で大きく響く。

気がついて、それからいつも盗み見るようになった、塔矢の普段は見せてくれないおれへの気持ち。


最初は偶然で、次からはわざと片付けないようにした。

塔矢はそんなおれの脱ぎ散らかした服を毎回毎回、疑いもせずに集めては口づける。

おれは気づかないふりをしてそれを影から見守っている。

それは驚くほど幸福な暗黙のゲームのようだった。

たまらないほど嬉しくて、泣けてくるほど幸せで。

けれど気づかれたら二度とやっては貰えなくなるので、おれは世界中でこんなシアワセなヤツはきっとおれ一人
しかいないと思いながら、足音を忍ばせてバスルームに向かったのだった。




※気づいているような気づいていないような。シャワーの音がしないのは寝室にいてもわかると思うんですけどね。
そしてこれは1日遅れのキスの日SSです。やはりキスの日は避けては通れないのです。2013.5.24 しょうこ