寒桜



すぐ近所のコンビニに行ったはずなのに、切れていたガラス磨きの洗剤を買いに行った進藤は
なかなか帰って来なかった。


これはどこかで知り合いにでも出くわしたか、それとも単調な掃除に飽きて逃げてしまったか、ど
ちらだろうかと危ぶみだした頃、何食わぬ顔で帰って来た。



「遅い! キミ、どこまで買いに行っていたんだ」

一番遠いドラッグストアまで買いに行ったとしてもここまではかからないとじろりと睨め付けたら、
進藤はにこにこと嬉しそうにぼくに言った。


「うん、洗剤はすぐに買えたんだけどさ、帰り道に桜が咲いてるの見つけちゃって」

一番キレイに撮れるまで写真を撮っていたら遅くなってしまったのだとぬけぬけと言う。

「今は冬だぞ、桜なんて…」

「それが咲いてたんだなあ。っていうかおまえが教えてくれたんじゃん」

寒桜。

真冬に咲く桜があることを確かにぼくは彼に話したことがある。

最初は目の錯覚かと思ったんだけど、どう見ても白い花が咲いているみたいだったから」

公園の中に入って桜を間近で見て来たのだと。

「ほら、これ。キレイだろ」

そう言って進藤は携帯で撮った写真をぼくに見せてくれた。

灰色の細い枝には確かにちらほらと雪のような花びらが散っている。

「本当だ。綺麗だね」

春の桜のような可憐さは無いけれど、真冬の冷たい空気の中で咲くこの桜もぼくはとても好きだ
った。


「さすがにこの時期だから鶯まではいなかったけど、ヒヨドリ? あの頭がちょっと逆毛が立ってる
みたいなヤツとかは来てたからツーショで撮れるまで結構ねばった」


何枚も何枚も、寒々しい青い空をバックに進藤は桜を撮っている。

「でも意外だな」

「何が?」

「キミがこんな風流だとは思わなかった」

「ん?」

「あんまり花とか興味を持っている風じゃ無かったから、こんなにたくさん写真を撮ってくる程桜を
好きだとは知らなかったよ」


そう言ったら進藤はきょとんとした顔になって大まじめに言った。

「違うよ。おまえが好きだから」

「え?」

「おまえ、桜が好きじゃんか。だから見せてやろうと思って」

それで撮って来たのだと何の邪気も無く言われてぼくは狼狽えた。

「そ、そうなんだ。うん。桜は好きだよ…ありがとう」

「気に入った?」

「…うん」

だったら大掃除が終わったら二人で一緒に見に行こうなと、そして進藤は自分で買って来た洗剤を
取り出すといそいそとリビングの窓に向かって歩いて行った。


(まったく)

残されたぼくは上機嫌で窓掃除を始める彼を居たたまれないような気持ちでじっと見つめた。

(どうしてそんな嬉しいことをそんなさり気なく言ってしまえるんだ)

ぼくが喜ぶだろうからと、ただそれだけのために写真を撮って来た。そんな彼がとても愛しい。


堪えても堪えても頬が熱くなる。


ぼくはそれを隠すため自分でも雑巾を持ちながら、心の中で年神様には申し訳無いけれど、今年
の大掃除は早く切り上げてしまおうと考えたのだった。



※年末大惚気。寒桜、ちょうど今頃咲いてますね。2013.12.31 しょうこ