サイアク・バースデー
最悪だ。最低に最悪でこれ以上無いくらい惨めな気分だった。 12月14日、折角の自分の誕生日だというのに、アキラは前日から高熱を出して寝込んでいた。 「いや、でもインフルじゃ無いって言うし良かったじゃん」 ぴったりと側に居て甲斐甲斐しく世話を焼くヒカルは、アキラの悔しそうな顔を見て宥めるように言 った。 「ちょうど、土日を挟んで3日休みを取ってたんだしさ、その間に熱を下げれば手合いにも響かない し」 (…でもその3日間には温泉に行くはずだったんだ) いつもは家でゆっくり過ごす誕生日、今年は気張ってヒカルが箱根の老舗ホテルを予約してくれて いたのだ。 美しい外観と歴史のある建物にアキラは以前から憧れていて、いつかゆっくり泊まりに行きたいと 思っていた。 それをふとヒカルに漏らしたら、じゃあ連れて行ってやるよと予約を入れてくれたのである。 しかし人気のある宿のこと、その時に予約しても泊まれるのは二年後で、つまりそれが今日だった のだ。 「まあ、また二年後に楽しみが出来たと思えばいいんじゃないか?」 ヒカルは箱根行きがダメになったと解った時、意外にもあっさりと納得し、少しもごねるようなことは 無かった。 それがアキラには腹立たしい。 「おまえも悔しいだろうけど、ここは諦めてゆっくり体を休めろよ」 おれがずっとついていてやるからとぽんぽんと頭まで撫でられてアキラは布団の中で憤死しそうだ った。 (冗談じゃない) 最近ではヒカルもアキラも段位が上がり、リーグ戦に必ず名前が挙がるようになって休みを作るの は至難の業になっているのだ。 ましてや三日連続の休みなど余程で無ければ取れなくて、この二年二人して調整に調整を重ねて やっと今日を迎えたのである。 (それがこんなつまらないことでふいにされるなんて) しかもインフルエンザでは無いにしろ、アキラの風邪はかなり重かった。 熱は九度以上あるし、全身の関節がバラバラになりそうなくらいに痛い。熱による筋肉痛も半端無 かったし喉が痛くて声も出せない。 愚痴をこぼしたくても言葉に出来ないというのが更にアキラを苛立たせた。 「塔矢、どうする? そろそろ薬の時間だけどちょっとでも何か食べられそうか?」 いらないと突っぱねたい所だけれど腹に何も入れずに薬を飲むことが出来ないので渋々小さく頷 く。 「おかゆがいいよな? それともヨーグルトとかゼリーとかにするか?」 「お゛…」 おかゆがいいと掠れた声で言うとヒカルはにっこりと笑った。 「ん。了解。卵がゆにする? それとも梅干しにする?」 「う゛…」 「梅干しだな。うんうん、解った。その方がさっぱりしていていいもんな」 ヒカルは立ち上がりしなにふわりと額に手を置いてさり気なく熱を確認してから出て行った。 (大体、どうしてそうあっさり諦められるんだ) 温泉を楽しみにしていたのはヒカルだって同じはずだ。どうせだから少し足を伸ばして色々見て来 ようと調べていたのはヒカルの方であるのに、どうしてそうも聞き分けがいいのか。 「おまたせ! おまえ寝たままでいいから、食べれそうなら口開けて」 しばらくして戻って来たヒカルはアキラの傍らに座ると、土鍋で炊いたおかゆをレンゲに掬い、ふー ふーと冷ましてから口元に運んで来た。 けれどアキラは口を開けない。 「ん? やっぱ無理? 気分悪い?」 (気分なんかもうずっと悪い。最悪だってキミだって解っているだろうに) 理不尽なことをしていると解っていても、ヒカルの優しい態度がアキラはやはりどうしても我慢出来 なかったのだ。 「はあん、おまえおれが残念がって無いんで怒ってんだろう」 ムッとした顔でレンゲとヒカルを睨み付けると、ヒカルはアキラの胸中を悟ったようで、駄々をこね る子供を見る大人のような顔で小さく笑った。 (そうだよ!) 「確かにそりゃあ楽しみだったし、行けなくなって残念だけどさ、でもおまえ間違ってるぜ」 きょとんとした顔でアキラが見つめるのにヒカルはにいっと笑って言った。 「おれが楽しみだったのは『おまえと』一緒に行けるからで、だからおまえが無理ならそんなの何も 意味無いんだって。逆に言えばおれは『おまえが』一緒ならどこでもなんでもいいんだよ」 一緒にゆっくり過ごせるなら、例えおまえが高熱出してて不機嫌で、えっちも何も出来なくてもこうし ているだけでおれは満足なんだと本当に心からだと解る笑顔で笑われてアキラは絶句した。 (バカだ) 今までもバカだバカだと思って来たけれど、ヒカルがこうも『自分バカ』だとは思わなかった。 「理解したか? おまえ頭イイから理解したよな? じゃあ後は少しでも早く風邪を治すためにおれ の力作のおかゆをさっさと食べた方がいいってことも解るよな?」 ぐいとレンゲを押しつけられてアキラは渋々口を開けた。 「うん、そう。いーこ、いーこ」 ヒカルはにこにこと上機嫌で、それがまたアキラの癪に障る。 (でも…) 相変わらず体調は最悪で機嫌は最低で、腹が立つことこの上無いが、ゆっくりと体に染み渡るお かゆの温かさを感じながら、アキラはほんの少しだけ、ヒカルが自分の側に居てくれるならこんな 誕生日も悪くは無いのかもしれないと思ってしまったのだった。 |
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ハッピーバースデーアキラ!
27歳のお誕生日おめでとう。いつまでもいつまでもいつまでもいつまでも
ヒカルといちゃこらしていてね!
2013.12.14 しょうこ