進藤ヒカル誕生祭9参加作品




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19日から20日に変わる間際、ヒカルはベッドの上に正座して微動だにせず携帯を見詰めていた。

かれこれ一時間前からそうやっているのだけれど、長針がぴったりと短針と重なり合った瞬間、大き
く息を吐き出すと、がくりと肩を落としたのだった。




「…やっぱ今年も空振りかぁ」

そしてそのまま寝るでも無く、一つ息を吸い込むと再びじっと携帯の画面を睨み続ける。

毎年、誕生日前夜から当日にかけて行われるヒカルのその行為は、たった一人の相手からの『お
めでとう』を待つためのものだった。


誰あろう、その相手とはアキラで、ヒカルはまだ友人だった頃からずっとアキラに頼み続けているの
だが、未だにその願いが叶えられたことは無い。



『なあ、おれ明日誕生日なんだけど』

初めてアキラにねだった時のことは今でも鮮明に覚えている。

『今夜結構遅くまで起きてると思うから、12時ちょうどにおめでとうコールしてくんない?』

『は? どうしてぼくがそんなことをしなくちゃいけないんだ』

『なんでって…別にいいじゃん。何か物をくれって言ってるわけじゃないんだし』

実はヒカルはその頃からアキラのことが好きだった。

だから恋人同士がするような、そんな甘い行為にほのかな憧れを抱いていたのだけれど、その願い
はけんもほろろに断られる。


『断る。ぼくは早めに休む習慣だし、そうで無い時は後援会や門下の人と一緒に居ることが多いん
だ。なのに気軽にキミに電話なんか出来るわけないだろう』


『そんなの、ちょこっと席を抜けてかけてくれればいいだけじゃんか』

『そのちょこっとをわざわざ気にしなければならないのが嫌だ』

にべも無い。

それでも数年後、晴れて恋人同士となった時にはさすがに断られることは無いだろうと思っていた。

けれどアキラの態度は微塵も変わらず、さも嫌そうにヒカルに『嫌だ』と言い放ったのである。

(ケチ! どケチ! なんでそれくらいやってくんねーんだよ)

とは言うものの、アキラもヒカルの誕生日を祝う気が全く無いわけでは無い。

夜が明けて会えば普通に『おめでとう』と言ってくれるし、かなり悩んで選んでくれたであろうプレゼン
トをちゃんとヒカルに渡してくれるのだ。


それだけでは無く最近は、ヒカルのために丸々1日空けておいてくれたりもする。

なのに頑として夜のおめでとうコールだけは拒み続ける。

それが納得いかなくて、ヒカルはその後も毎年頭を地面に擦りつけるようにしてアキラに頼み続けて
来たのだけれど叶えられることは無かったのである。




「…それでもこうして待っちゃうおれって、健気だよなあ」

携帯を睨み続けていたヒカルは、壁の時計をちらりと見ると再び大きなため息をついた。0時をもう
10分程過ぎている。アキラから電話がかかってくることは無いだろう。


毎年のことではあるし、最初から諦め半分ではあるものの、それでも欲しかったものが貰えなかった
落胆は大きかった。


「ほんと、なんでおまえって、そんなにクソ頑固―」

恨めしく愚痴をこぼしかけた時だった。思いがけず手の中の携帯が鳴ったのだった。

「え?」

驚きのあまり取り落としそうになりながら見ると、着信はアキラからだった。

(え? マジ? まさか!)

信じられない思いで電話に出て、上ずり気味に応答する。

「えーと、お、おれだけど」

『うん』

耳に飛び込んで来たのは、間違い無く涼やかなアキラの声で、ヒカルは思わず叫んでしまった。

「おまえ、やっとかけてくれた!」

本当は文句の一つ、嫌味の一つも言ってやりたい所だったが、それよりも何よりも嬉しい気持ちの
方が勝り過ぎた。


「どんだけ人のこと焦らすんだよ。おれ、ずっと待ってたんだからな!」

『そうみたいだね。今日もほとんどすぐに出てくれたし』

きっと去年も一昨年もそうやって待っていてくれたんだろうねと続けるアキラの言葉に、ヒカルは情
けなくも、思わず泣きそうになってしまった。


「待ってたよ! もう何年もずっとずっと待ってたよ!」

どこの世界にキスもしてえっちもして、それでいて誕生日の夜におめでとうコールだけをしてくれない
恋人がいるんだと言うヒカルの言葉にアキラは黙った。


「何がそんなに嫌だったんだよ、夜中の電話ってそんなに面倒なものなのかよ」

電話が嫌ならメールだって良かった。それでもヒカルは充分に喜んだだろうに、それすらもアキラは
嫌だと突っぱね続けて来たのである。


「うっかり和谷の電話に出ちゃった時なんか、おれ絶望で死にそうになったんだからな!」

以来、誕生日の前日は夜中に電話をかけてくるなということをヒカルは周囲に徹底して知らせてい
る。



『だって―』

半分キレ気味のヒカルの言葉に、しばらく黙った後、アキラがぽつりと返した。

「だって、なんだよ!」

『だってそんなことをしたら、キミのことを好きみたいじゃないか』

「へ?」

『朝になるのを待てないでおめでとうを言うなんて、それじゃまるでキミのことを好きで好きでたまらな
いみたいだから』


だから今までかけなかったと。

「好きじゃねーの?」

ヒカルの声はほとんど悲鳴だ。

「好きじゃねーのに、おれとあんなことや、あーんなこととかして来たのかよ」

『そうじゃない。そうじゃないよ、ただ―』

ただぼくだけがそんなにキミを好きだなんて悔しいからと、続けられた言葉にヒカルが絶句する。

「は? え? なんで? 言ってる意味全然わからねーんだけど」

『そのままだよ。ぼくはキミを好きだけど、キミが本当にぼくのことを好きでいてくれるのかどうかなん
て解らないじゃないか』


「なんだよ、それ!」

ヒカルは思わず携帯に向かって怒鳴ってしまった。

「おれずっと好きって言ってるじゃん! つきあい始めてからだってもう結構経ってるのに、その間
おまえずっとおれのこと疑ってたのかよ」


『違う、そうじゃなくて』

どう言えばいいのかなとアキラは電話の向こうで悩んでいる。

『ぼくは融通が利かないし、面白味も無い。言葉がキツイのも自覚しているし、決して人に好かれる
ような性格はしていないから、いつキミに愛想を尽かされてもおかしくはないって思っていた』


ましてやヒカルは元々の性格が人懐こい。好奇心や友人に対する好意を取り違えている可能性だ
ってあるのだ。


『なのに諸手を挙げてそれに応えてしまったら、キミの気持ちが離れた時にぼくはきっと立ち直れな
い』


「だからって…」

『ぼくはキミが思っているほど強くも無いし、器用でも無いんだよ』

そうしてから、アキラは静かな声でヒカルに尋ねた。

『キミがぼくに祝ってくれと言い始めて何年経つか覚えているか?』

ひいふうみとヒカルは指を折って数えた。

「確か17の時の誕生日からだから…10年?」

『うん。10年だ。もしキミがこんなぼくを嫌わずに10年経っても好きで居続けてくれたなら、信じられ
ると思った』


10年間、同じ願いを持ち続けてくれるなら、それはもう本物なのだと、だったら自分もそれに誠意で
応えようと決めていたのだとアキラに言われてヒカルは目を見開いた。


「でもおれ、言い出した最初の頃はまだおまえに好きって言って無かったよな?」

『そんなの』

しばし沈黙した後、アキラは笑いを含んだ声でヒカルに言った。

『全部その顔に書いてあった。キミ、感情が表に出やすいって事をいい加減自覚した方がいいんじ
ゃないか』


「そ―」

そうか。そうなのかと、今更ながらに恥ずかしく顔が赤く染まる。

『で、そういうつまらない意地でぼくはキミを待たせたわけだけれど、それを知っても気持ちは変わら
ないか?』


来年もまだぼくからの『おめでとう』を欲しいと思うのかと問われてヒカルは即答した。

「欲しい。欲しいに決まってんだろ!」

『そうか』

「大体、おまえの性格がキツイのなんて初めて会った時から知ってるよ。口も悪いし頑固だし、実は
結構手も早いし、でもそれをひっくるめて全部可愛いって思っちゃうんだから仕方無いだろ」


自分の趣味が悪いってことは重々承知だと言われてアキラがこぼした。

『…非道いな』

でもありがとうと、その声は少しだけ泣いたように湿っていた。

『ぼくもキミの軽薄で浅薄で、図々しくて趣味の悪い所が好きだよ』

「ひでえ!」

『おあいこだ。そして―』

誕生日おめでとうと、待ちに待っていた言葉をヒカルは電話の向こう側に聞く。

『来年も、再来年もきっと言うから』

絶対に絶対に言うからと。

そう告げたアキラの言葉には、10年分溜め込んでいたヒカルへの想いがずっしりとこもっていた。





「進藤ヒカル誕生祭9」開催おめでとうございます♪


毎年毎年、夏も終わりに近づくと、誕生祭が近いなあと思います。
主催者様、今年も素敵な企画をありがとうございます(^^)


ヒカルも、もう27歳なんですね。あっという間に大人の男になってしまったなあ。もう二冠は絶対行ってますね。
アキラとホルダーをかけていちゃいちゃと戦っていてくれたなら本望です。


そしてそしてどうでもいいことですが、ヒカルはスマホと携帯の二つ持ち。&最近は携帯用碁盤の代わりにタブレットも持ち歩いています。
アキラ「邪道だ」
来年もまたこうして皆さんとお祝いが出来たら幸せだなーと思います♪



サイト内には他にも色々ありますので、(ヒカアキ)よろしければそちらも見てみてやってください。
2013.9.20 しょうこ