最高のプレゼント



進藤のお母さんから電話があったのは、12月も半ばを過ぎた頃だった。

『ごめんなさいね、実は年明けに家をリフォームする予定があるんだけど、ヒカルったら何度話しても全
然取りに来てくれないものだから』


彼の自室に残してある私物を送らせて貰いたいとのことだった。

「構わないですよ。クローゼットにもかなり空きがありますので、残っている物を全部送って頂いても大丈
夫です」


『そう? でもそんなことを言ったらもの凄い量になってしまうからこちらで整理してから大切そうな物だけ
送らせて頂きますね』


あ、でもくれぐれもあの子には内緒でと言葉を足したのは、話せば進藤が頼むから送ってくれるなと言っ
てくるかもしれない用心なのだろう。


そうでなくても物の多い彼は私物が増えることをあまり喜ばないであろうから。




ぼくと彼が一緒に暮らすようになってからもう数年が経つ。

まだはっきりとぼく達の関係をご両親には伝えてはいないけれど、薄々感づいてはいるようで、それもあ
ってのリフォームなのかもしれないとぼくは思った。


『あの子の部屋なんか潰しちゃって、お父さんの趣味の部屋にしようと思っているのよ』

彼のお母さんは笑いながらそう言っていたから。

(それにしても一体何が送られて来るんだろう)

服か小物かそれとも漫画の本だろうか?

自分が実家に残して来た物を思い返してみても本当に大切な物は無かったように思う。だから進藤が残
して来た物も、捨てるまででは無いけれど特別に必要な物では無いのだろう。


『届いたら中身を見ても構わないわよ』

きっとヒカルは嫌がるだろうと思うから待たずにすぐに見てしまった方が良いと、一体なんだろうと思って
いたのだが後日届いた箱を開けてみてなるほどと思った。


ミカン箱くらいのダンボール箱の中には、主に彼の幼稚園から中学校を卒業するまでの諸々が入ってい
たからだ。


その中にはもちろん成績表やテストの結果などもある。

確かにこれは持って来たいとは思わないだろうと、ぱらりと開いて見たその中に記された見事な成績に
苦笑した。


でも成績は惨憺たる物だが、先生から書いてある一筆には『明るく元気が良い』、『飽きっぽい所がある
が正義感が強い』、など性格面での良いことがたくさん書いてあった。


「…ぼくが見たと知ったら、さぞ嫌がるだろうな」

逆の立場ならぼくも絶対に見られたくは無いと思う。

それでもぼくの知らない彼の歴史は面白くて、つい箱の中を漁ってしまったら、一番下に卒業アルバム
が二冊入っていた。


一つは小学校、もう一つは中学で見覚えのある葉瀬中の校章が表紙にデザインされていた。

『幼稚園のアルバムはまだ可愛いと思えるので私が預からせて貰います』

付箋紙に書かれたメモが貼り付けてあって、その可愛いアルバムとやらも見たかったなと思った。

(…でもこれも充分可愛い)

小学校の方の卒業アルバムを開いて見ると、集合写真や学校内での風景の端々に進藤がいた。

(まだこの頃は背が小さかったんだな)

途中で追い抜かれてしまったけれど、出会った頃は彼の方が背が小さかった事を思い出しつつページを
めくる。


最後のページには将来の夢を書く欄があって、進藤の所には汚い字で『もっと、いごがうまくなりたい』と
書かれていた。


「…上手かったじゃないか」

ぽつりとつぶやきつつ、でもこの頃の彼とその後の彼の碁の腕は波があるのでなんとも言えないと思っ
た。


「こっちは中学…」

濃い紫色の布張りの表紙をめくると、ぐっと大人びた進藤が現れた。

小学生の頃は絵に描いたような悪ガキの顔をしているけれど、中学では背も伸びて顔つきも大人びてい
る。


ことに卒業間近の三年生の頃の進藤の顔は、一体何があったのだと思うくらい一年時、二年時とは大き
く表情が違っていた。


(この頃にぼくと打った)

随分久しぶりの対局。それがもし彼を変えたのだったら嬉しいけれど、たぶん違うだろうと写真の翳りの
ある眼差しを見ながら思った。


「…きっとこの頃に何かあったんだろうな」

未だに話して貰えない彼の色々。でもそれは子供から大人へ一気に飛び越えさせるような大きな出来事
だったのだろう。


「中学では何て書いているんだろう」

思わずため息をつきそうになって、慌ててそれを振り払うようにページをめくる。

正体のわからないものに嫉妬しそうになっている自分に気がついたからだ。


アルバムの最後のページには、小学校のアルバムと同じように生徒が直筆で書き込む欄があった。

こちらは将来の夢では無く目標で、彼の目標はなんだろうと指で名前を追っていったぼくは思わず目を
見開いてしまった。


進藤ヒカルと書かれたそこに『塔矢より強くなりたい』と書かれていたからだ。

反射的に一瞬ムッとして、けれどすぐに嬉しくなった。

『ずっと一生戦いたい』と、そう続けて書いてあったからだ。

「…進藤」

きっと読んだほとんどの人に彼の書いた意味は解らなかっただろう。

もしかしたら囲碁部だった人達には解るかもしれないけれど、それでも全ては伝わらないのではないか
と思った。


「…ぼくもそう願うよ」

ぼくは進藤には常に強く在って欲しかった。だってぼくが望むのはぼくよりも強い彼だから。

そしてそれはたぶん彼にとってもそうなのだろう。

進藤は常にぼくに強くあることを望み、自分よりも強い存在で居て欲しいと願っている。

(龍)

空を昇る二匹の龍ように、生涯、天を目指して戦い続けて行けたなら、どれだけ幸せなことだろう。

アルバムの、お世辞にも上手とは言い難い彼の字を撫でながら、ぼくはしばし喜びに浸った。

そこにまるで計ったかのように彼からのメールが届いた。

『後一時間くらいで帰るけど、ケーキは白と黒どっちがいい?』

進藤は生クリームとチョコレート、どちらのケーキが良いかとぼくに尋ねていた。

「…ケーキ?」

一瞬わけがわからずに、けれどすぐにはっとする。

「そうだ…今日はクリスマスイブじゃないか」

12月24日。

壁にかけられたカレンダーも間違い無く今日がその日だと言っている。

忘れていたつもりは無かったけれど、届いた彼の荷物にすっかり気を取られて、クリスマスが頭の中か
ら消えていた。


「どちらでもいいよ、キミの好きな方で…と」

慌てて返信して、それから思いついて再びメールを彼に送る。

「キミの…お母さんから…素敵なクリスマスプレゼントを貰ったんだ。何かわかるか?」

『は? 母さんが? わからねえ。どうせろくなもんじゃないんだろ?』

あまりにも速攻で来た返信に笑いながら返事をする。

「キミだよ…と」

ぼくはキミのお母さんから、過去のキミを頂いたんだと記したら、『わけわからねえ』とまたもや速攻で返
事が来た。


『わからねえけど、おれでいいんなら、過去じゃなくて今のおれにしておけよ』

ケーキ買ってすぐに帰って滅茶苦茶愛してやるんだからと、少しだけふてくされているような彼のメール
に微笑んだ。


「そうだね、そうするよ…」

返信を打って送信と共に携帯に口づける。



これからも何度も訪れるだろうクリスマス。

ぼくは進藤や他の色々な人達からたくさんの贈り物を受け取ることだろう。

(でも)

今日彼のお母さんから受け取ったこの卒業アルバムは、その中でも最も素晴らしいプレゼントになるに
違い無いと、ぼくはそう思ったのだった。







もちろんこれからヒカルに貰うプレゼントはどれもアキラにとって最高に素晴らしい贈り物になります。
ただ、この時お母さんから送られて来た卒業アルバムは、過去のヒカルからのアキラへのプレゼントのようなものなので特別なんですよ。
ヒカルはものすごく嫌がってアルバムを取り返そうとしますがアキラは返しません。だって宝物だから(笑)
2013.12.24 しょうこ