ハタチの夜に
「なあ、…おまえって童貞?」
パチリと石を置いた後、顔を上げてヒカルが言ったセリフがそれだったのでアキラはあからさまに眉を顰めた。
「それが今の戦局に何か関係が?」
遊び仲間が悪いのかそれとも元々の性質なのか、時々ヒカルはぎょっとするような下品なことを言ったりする。
だからこれもそうなのかと思ったのだ。
「うーん、いや、おれ童貞なんだけどさ、いい加減門脇さんとかみんなにいじられるのも嫌だなって」
「それで?」
「明日、おれら成人式じゃん? いい機会だから脱童貞しようかなって」
「してくればいいだろう、どこにでも行ってさっさと」
不機嫌を隠しもしないアキラにヒカルは苦笑のように笑うと、ぐっと顔を近づけて言った。
「なあ、さっきの質問。おまえって童貞? それともとっくに済ませちゃった?」
「それがキミに何の関係があるんだ」
「あるある、大有り。もしおまえがまだなんだったら、今日これからおれとしようぜ」
碁笥に入れたアキラの指がぴたりと止まった。
「…嫌だ」
「何で?」
「確かにぼくも酒の席でからかわれるのにはうんざりしているけれどね、気持ちが伴わない行為をするつもりは
無いんだ」
「あるよ」
即座にヒカルがアキラに返した。
「あるよ、気持ち。おれ、おまえが好きだもん。好きだからおまえとでなければしたくなかった。だから今日まで屈
辱に耐えて来たんだけどさ、でも明日で成人だし、もう我慢しなくてもいいんじゃないかなって思って」
だからしよう、おれとしようと言われてアキラはしばし黙った。
「…ぼくの意志はどうでもいいのか?」
「だから聞いてんだろ、おまえ童貞? お堅いヤツだから不思議でも無いけど、今時この年まで経験無いのって
少ないよな。でももし童貞だったらそれってどうして? もしかしなくてもおれと同じ理由で済ませて無いんじゃな
いのか?」
アキラは気味が悪い程喋らない。
「…もしそうだと言ったら?」
ようやく開いた唇からこぼれた言葉にぱっとヒカルの表情が明るくなった。
「何の問題も無いじゃん。さっきからずっと言っている通り、おれと―」
しようと言う代わりにヒカルはアキラに更に近づくと、床についたアキラの右手を自分の左手で握り込んだ。
「好きとか、愛してるとか言って欲しいなら幾らでも言うけど」
間近で囁くヒカルの言葉に、アキラの目の下が刷いたように赤く染まる。
「そんなことキミに望んでいない」
「ふうん、じゃあ何が望み?」
軽い口調で尋ねるヒカルにアキラは一旦目を閉じて、考えてから言った。
「キミにとっての特別が永遠にぼくであること。それだけがぼくの望みだ」
それさえ叶えてくれるなら後は何もキミには望まないときっぱりと言われてヒカルは絶句してしまった。
「…そんなのもうとっくにそうだし、これからもきっとそうだし…」
でもおまえが望むならおれはそれを約束するよとヒカルはアキラに言った。
「おれの特別はエイエンにおまえだ」
一生、死んでもそうだよと、返されたヒカルの言葉に初めてアキラの表情が解ける。
「なら、本当に何も問題は無いね」
二人でさっさと大人になってしまおうかと、さっきまでとは打って変わった微笑みでアキラが言う。
「見も蓋も無いなぁ…おまえ」
「そうかな」
「うん、まあ、でも―」
そういうのすごくおまえ『らしい』と言ってヒカルは笑うと、二人の間を隔てていた碁盤を空いた手で脇へ
寄せたのだった。
※成人式だからと揃って休みを貰った二人は、これ幸いと前日から泊まりでゆっくり打つことにしたわけです。(「成人式じゃん?」と言っていますが
式に出るつもりはありません)アキラは決めるまでは慎重ですが一度決めると早いです。そして色々気にしない。この時も(キス後)このまま始めようとするので
「シャワーは?」「せめて布団は敷こうって!」とヒカルに泣きつかれます。2014.1.13 しょうこ