染桜



『おまえ、今日は家に居んの?』


進藤からの電話は、かかって来たのも突然なら話す内容も不躾だった。


『どうせ予定なんか無いんだろ。これから行くから待ってろよな』

「生憎、今外出中だけど」


少々ムッとしながら答えると、進藤は軽く鼻で笑ってこう言った。


『そんなん、切れかかってる日用品買いにスーパーに行っただけだろ。とにかくこれから一時間以内に着くと思う
からおまえもそれまでに帰ってろよな』



そんなことは無い、ちゃんとした理由で出掛けた先に居ると言いたかったけれど、進藤の言ったことは図星だった
のでぼくは何も言い返せなかった。


下げているのはスーパーの袋と、ドラッグストアで買って来たティッシュペーパーで情けないことこの上無い。


「…相変わらず強引だな」

『強引だよ。おまえ相手に少しでも引いたら何にも出来ないし』


随分な言い様である。


「それで何か用か?」

『うん、用。すっごく大事な用があるからおまえに待ってて欲しいんだよ』

「そんなに? 何だ?」


ぼくの問いに彼は笑いを含んだ声で『秘密』と言った。


『でも、とにかくすっごく大事な用事で行くんだからさ、おまえ裏切ってどこか行くなよな』


例え塔矢先生から電話があっても緒方先生から呼び出しくらってもどこにも行くなと言われて苦笑した。


「別に…キミが来ると解っているのに出掛けたりしないよ」

『当てにならないから言ってるんじゃんか』

「非道いな。キミの中のぼくはどうなっているんだ」

『そのまんまだよ、そのまんま』


ぽんぽんとした会話が小気味よい。


「それにしてもなんなんだ? どこかに行ったという話も聞いていないから土産を持って来るという訳でも無さそう
だし、手合いの結果なら一昨日見せて貰ったばかりだし」


『だからもっとずっと大事な用で行くんだってば』


進藤の声はおもしろがっているようにずっと笑いを含んでいる。


「…なんだか怖いな。キミが楽しそうだとろくな事が無い」

『非道いな。少なくともおまえにとっても良いことだと思うぜ?』

「ぼくにとっても良いこと…」


なんだろうと思った時にふっと強く風が吹いた。

髪が乱れ、それを直そうと持っていた物を下に置いて指を差し込んだら何か淡い色味が薬指についた。

(…桜)

振り仰ぐと満開の桜の枝があり、そこから散った花びらが指に張り付いたのだと解った。


(そう言えば昨夜は雨だった)


『ん? どうした?』


突然ぼくが黙ったので、進藤が不審そうに尋ねて来た。


「いや、ちょっと今風が吹いて」


言いながら指の花びらを見る。それはまるで桜色の指輪をしたようで、そう思った瞬間に彼が何をしに来るのか
解ってしまった。



『何だよ、どうしたんだよ、おまえ』

「ごめん、なんでも無い。でも…そうだね、確かに良いことかもしれない」

『詰め碁の難問考えたわけじゃないからな』


本当に相当にぼくは彼にとって信用が無いらしく、電話の向こうの進藤の声はやや憮然とした物に変わっている。


『そんなもんよりずっとずっと大事な―』

「解ってる」


被せるように言って、それから笑う。


「たぶん解っている…と思う。楽しみに待っているから」


早くおいでと言った言葉に進藤はまだ不審そうに、でも挑戦的に言った。


『おう。楽しみにしてろよ? 絶対おまえびっくりするから』

「どうかな」

『絶対だって、保証する』


そして電話を終えた後で、ぼくは薬指の花びらを今一度しげしげと見つめながら、びっくりすることは無いけれど、
幸せに泣くかもしれないと思ったのだった。




※やっぱ春は恋の季節ですよね〜。いやはや。つきあってるけど結構ぶっきらぼうで、そういうこともしているけれどやや色気に欠ける所も
あったりして、でも結局の所ラブラブですという話でした。タイトルは『せんおう』桜色に染まれ!ってことで。
2014.3.14 しょうこ