願い事
スーパーで買い物をしたら貰ったと、進藤が小さな笹の枝を持って帰って来た。
「そういや七夕なんだよなあ。折角だから願い事でも書く?」
当の織り姫彦星はこの悪天に気が気では無く、他人の願い事など見ている余裕は無いかもしれないが、
進藤が乗り気だったので飾り付けることとなった。
花瓶に挿して丁度いい可愛いサイズの笹に、あり合わせの紙で作った飾りをつけて行く。
「おまえそういう飾り作るの上手いなあ」
紙を切って笹飾りを作っていたら進藤に感心したように言われた。
「碁会所で毎年飾っていたから」
市河さんの手伝いをするうちに覚えたのだった。
「あー、あのでっかい笹! おれも何度か短冊貰ったことあったっけ」
来てくれるお客さんに願い事を書いてもらってそれを吊す。皆さん碁のことばかりでは無く、家族のこと
や何が欲しいというような願い事まで色々書いてくれたけれど進藤の短冊を見たことは一度も無い。
「キミ、意地悪でどれが自分の短冊か絶対言わなかったけれどね」
「だって嫌じゃん。おまえに見られるの恥ずかしいし」
そうかそんなに恥ずかしい内容だったのかと尋ね返すと進藤は真っ赤になって言い返して来た。
「そういうおまえだって、おれに自分の短冊絶対見せてくれなかった」
「嫌だよ、そんな恥ずかしい」
思わず反射的に返してしまったら鬼の首をとったように進藤に言われた。
「へええええええ、そんな恥ずかしい願い事をしたんだ」
「キミほどでは無いと思うけれどね。…たぶん」
あの頃ぼくは短冊を貰っても何も書くことが出来なかった。
一番の願い事は進藤に関することで、それは書くことも出来なければ人に見せることも出来ないもの
だったからだ。
(だからいつも何も書かずに吊していたのだけど)
思いがけずその願いが叶ってしまったので、今は堂々と短冊に願いを書くことが出来る。
「なんだそりゃ」
ぼくの手元を覗き込んだ進藤が呆れたような声をあげた。
「『鉢植えの白点病が治りますように』って、そんなのホムセンに行って薬買ってくりゃ済むことだろう」
「『ヤフオクで無事にビンテージジーンズが落札出来ますように』の人に言われたく無いな」
「おれのはちゃんと物が絡んでるし!」
「ぼくだって、あの鉢植えは気に入って買ったから枯らせたく無いんだ」
一瞬睨み合いのようになって、それからはじけるように二人で笑う。
「なんかもう、しょうがない願い事だよなあ」
「生活感が滲み出しているよね」
お互いの短冊を交換して、それからもう一度顔を見合わせて笑った。
平凡な、でも他の何とも代え難い大切な時間。
これこそが、かつてのぼくが願って止まなかった『本当に叶えて欲しい願い事』だった。
ずっとずっとぼくは進藤とこう在りたいと願っていたのだ。
「別に見たりしないから、本当に書きたい願い事があるなら書いたらいいんじゃないか?」
新しい短冊を作って進藤に差し出すと、進藤は少し目を見開いてそれから笑った。
「誤魔化したわけじゃねーよ。本当に叶えて欲しい願い事はもう叶っちゃったからさ」
だから実は今は何も書くことが無いんだと言われてぼくもまた目を見開いた。
(そういえばあの頃、ぼくの短冊の他にもいつも同じように真っ白な何も書かれていない短冊が一枚
混ざっていたっけ)
もしあれが進藤の物で、進藤の願いがぼくと同じだったのだとしたら―。
考えると頬が熱くなる。
「どうかした?」
「別に」
絶対に聞けないし、聞いても教えてはくれないと思うけれど、たぶんきっと同じだったのだとぼくは確
信のように思いながら、他愛無い願い事を書ける幸せを一人噛みしめたのだった。
※1日遅れの七夕SS。どうも私は二人に短冊を書かせたく無いみたいです。何も書かないネタが多い多い。
折角飾ったんだからと七夕が終わってもずっとそのまま飾ってあって、『進藤が牛乳を買って来てくれますように』とか
『塔矢が明日の夜8時のドラマを録画しておいてくれますように』とか伝言板みたいに使ってたら可愛いと思います。
2014.7.8 しょうこ