進藤ヒカル誕生際10様参加作品





約束の日



まだ子どもだった頃に進藤と一つ約束をした。


『おれがお願いしたら、一回だけでいいから絶対にうんて言って』


あれはたぶん、初めて進藤の誕生日を知った時のことだったと思う、その日がそうだったと知らずに
大いに慌てたぼくは、それでも何かしたくてたまらなくて思いあまって進藤に尋ねたのだ。



『キミ、何か欲しいものは無いか?』


それか、して欲しいことは? と。すると進藤は少しびっくりしたような顔をして、それから『別にいいよ』
と言った。



『そんな無理することないし』

『でもそれじゃぼくの気持ちが収まらない。今日がキミの誕生日だと知ってしまったのだから何でもい
いからさせてくれ』



今思えば随分浅慮なことを言ったと思う。


『うーん…、じゃあおれが頼んだら一回だけそれをきいてくれる?』

『頼みって?』

『わかんないけど、ジュース奢ってとか、肩揉んでとか、どこかに付き合ってとかさ』

『…ぼくの人間としての尊厳を損なわない頼みならば』


きいてあげるよと言ったら進藤は可笑しそうに笑った。


『そんな非道いこと頼まないって! じゃあ約束な? おれが頼んだら絶対にそれを断らないでくれよ
な』



ぼくとしてはその『頼み』というのはすぐにやって来るものだと思っていた。

進藤はいつもお金が無いと和谷くん達に泣きついていたし、食べたい物や欲しい物がたくさんあるよ
うだった。


だからそれらを解消させるために速攻でぼくを使うものだと思っていたのに、意外にもなかなか使うこ
とをしない。



『塔矢、今日暇だったらおれんち来ない? あ、もちろんこれは例のアレじゃないから用事があるなら
断ってくれていいよ』


『断らないよ、行くよ』


それは日常の範囲内のことであったからぼくも『贈り物』を使うよう強制することは無かった。


『塔矢ー、今度の日曜暇だったらおれと映画観に行かねえ?』


あ、これももちろん以下同文。

そんなことを繰り返しているうちに進藤は面倒になったのか一々断りを入れることはしなくなったし、
ぼくも尋ね返すようなことはしなかった。使いたくなったらその時に言うだろうと思ったからだ。




数年はあっという間に過ぎた。

ぼく達は子どもでは無くなり、関係も友人のそれとは異なっていた。

けれど、やはりいつだったかの誕生日の約束は使われることが無いまま依然として残っていた。


『触ってもいい? 嫌だったらしないけど』

『おまえにキスしても構わない? どうしても無理って言うなら二度と言わない』

『なあ、おれおまえが好きなんだけど恋人になってくんない? もちろん冗談じゃない、気持ち悪いっ
て言うなら断ってくれて構わないから』



ぼく達の関係が進んで行く段階に於いて進藤は贈り物を使わなかった。こういう時にこそ使えばいい
のにと思うのに、頑として口に出すことすらしない。


恋人としての進藤との関係は良好で、今ではもちろん体の関係にまでなっている。

進藤もぼくも引かない性質だし、恋人だからと言って言いたいことを我慢したりはしないので喧嘩は
日常茶飯事だけれど、それでも概ね、いやとても幸福な毎日だと言える。


だからこそ、ぼくはいつしか恐れるようになっていた。

いつまでも使われることなく保持されているあの約束を進藤はぼくと別れる時のために取っておいて
いるのではないかと。



『えー? んー…まあ、使おうかなって思う時もあったけど、つまんないことに使うの勿体無いじゃん』


いつだったかさり気なく尋ねてみたら進藤はぼくにそう言った。


『折角だからさ、どうしても断られたくないって時に使わないと』

『どうしても断られたくない時って?』

『そんなの…言わなくてもわかんだろ!』


ふて腐れたような顔で言われ、ぼくはそれ以上進藤に尋ねることが出来なかった。


(確かにぼくは簡単に別れてなんかやる気は無いし)


こちらにその気が無い限り、ぼくは彼と別れるつもりは全く無い。そもそもぼくには別れるのに付き合
うという選択肢は無いのだ。


それくらいなら最初から付き合ったりはしないと最初に進藤にもはっきり言ってあって、だから彼は切
り札として取っているのではないだろうか。


もしあの時に約束した頼み事をするからと言われたら、ぼくは別れを受け入れざるを得ないのだか
ら。



「…卑怯者」

「え? 何? なんか言った?」

「別に」


どんなに悔しくて納得出来ないと思っても一度した約束を反故にすることは出来ない。

進藤と居て幸せであればあるほどその幸せを失うのは恐ろしく、けれど彼の誕生日が来るたびに使
われていない贈り物があることを嫌でも思い出させられてしまう。



(なんであんな約束をしてしまったんだろう)


後悔しつつぐるぐると悩み、考えに考えた挙げ句ぼくは一つ決心した。


(例えどんなに罵られても、進藤とは絶対に別れない)


あの時の頼み事を今するからと言われても絶対に叶えたりはしないのだと、決めたら気分は楽にな
った。




「そういえばあの約束してからもう何年経つかな」


進藤がそれを切り出したのは二十八才の誕生日だった。

ケーキを食べ、ワインを飲んでほろ酔い加減になっている所でふと思い出したように言ったのだった。


「さあ、十年は経っていると思うけれど」

「ずっと使わないで取って来たけどさ、今日あれ、使わせて貰おうかな」

「…いいよ」


とうとう来た。ついにこの日が来てしまったとぼくは身を固くして彼の言葉を待ち受けた。


「確かどんなことでもおれの願いごときいてくれるんだったよな?」

「…うん」


すっと息を吸い、衝撃に備える。


「だったら言っちゃおう。おれと結婚して下さい」


え――――――――――。


別れ話だとばかり思っていたぼくは頭の中が真っ白になり、一瞬凍り付いてしまった。


「結婚って言っても同性だから男女みたいな結婚は出来ないけど、おれ一生おまえと一緒に居たい。
だからおまえの人生をおれに下さい」



ちょっと、かなり卑怯だけど、頼むから断らないでくれよな? と心配そうにぼくの顔を覗き込む進藤
に、やっとぼくは我に返った。



「返事は? 塔矢」


促され、青ざめていたぼくの顔に一気に血の気が戻って来る。


「…うん。うんて言うって約束だっただろう」


もっとも約束なんかしていなくてもぼくは絶対に断らなかったよと言ったら進藤はほっとしたように笑
い、ぼくを嬉しそうに抱き寄せた。



「サンキュ! 約束があってもおれずっと凄く不安だったから」

「…バカだなあ」


強すぎるくらいの力で抱きしめられながら、ぼくは呟くようにそう言った。

(本当にバカだ、大バカだ)

それはもちろん彼に向けたものでは無い。

ネガティブな思考に囚われて、この十年間、不要な不安を抱き続けた愚かな自分をぼくは自分で嗤
ったのだった。






「進藤ヒカル誕生祭10」開催おめでとうございます♪


今年も開催ありがとうございます^^

10ということは今年で10周年ですね。なんて目出度い!
ヒカルももう28歳、さぞや格好いい大人の男になっていることでしょう。
その隣には常にアキラが居てくれたらもうそれだけで満足です。(私が)


サイト内には他にも色々ありますので、(ヒカアキ)よろしければそちらも見てみてやってください。
2014.9.20 しょうこ