塔矢アキラ誕生祭13参加作品
HEART
「だから言ったんだ」 死んだように眠るその背中を見つめながらアキラは小さくため息をついた。 ベッドサイドに置いてある時計の針は間も無く短針に長針が重なり12時になろうとしている。 『誰よりも早く、一番始めにおまえにおめでとうって言いたいんだ』 そう言って、もう何年もヒカルはアキラの誕生日の前日から当日にかけてを二人で過ごすことに決め ていた。 『だからって別に12時丁度に言わなくたっていいだろう』 友人の多いキミと違ってぼくはおめでとうと言ってくれる人は数える程しかいない。そこまで拘る必要 は無いのだと言うアキラにヒカルは口を尖らせて抗議した。 『んなこと無いだろー。市河さんとか芦原さんとか、塔矢先生達だっておまえに電話してくるかもしれな いし、緒方先生だってああ見えてマメだからメール送ってくるかもしれないじゃんか』 実際こうして過ごすようになる以前、ヒカルがおめでとうと電話をかけてくるよりも兄弟子からお祝いの メールを貰う方が早かったことが一度だけあった。 だから余計にヒカルはその瞬間に拘るようになってしまったのである。 『最近は北島さんとかも孫に教わったとかでメールを覚えちゃったし、油断も隙も無いったら』 だからってそれで愛情の優劣が決まるわけでも無いし、祝福される側の気持ちに差が出るわけでも 無い。 『それでも、どうしても、どうしても、どうしても、どうしても絶対におれが一番におまえにおめでとうって 言いたいんだよ!』 結局押し切られるようにしてアキラもこの二日間には仕事を入れないようにしてヒカルと過ごすように して来たのだが、最近はそれも少し難しくなって来た。 アキラは現在、本因坊と棋聖のタイトルを持っていて他の棋戦でも常に上位に居る。ヒカルも天元の タイトル持ちで同じように上位の常連だ。 そうなってくると棋戦のスケジュール上、同じ日に揃って休みを入れるということはかなり前から調整 していてもかなり難しい。 『いいんだよ、おまえが外せない時は我慢するし。でもおれの方の都合でってのだけは絶対にヤなん だ』 なので今回もヒカルは誕生日前日である今日。夜になってからアキラの所にやって来た。 その前二日間、タイトル戦をこなしてからほとんど休むこと無く帰って来たのである。 そんな無理をしなくてもいいと言ったアキラの言葉には聞く耳を持たず、げっそりと目の下に隈を作っ てアキラの前に現れた。 そしてそのまま押し倒すようにしてアキラを抱いてヒカルは眠ってしまった。 寝たというより昏倒といった雰囲気である。 「そんなに疲れているなら無理して帰って来なくても良かったのに」 一人取り残される形になったアキラは、ほとんど微動だにせず眠っているヒカルを複雑な思いで見つ めた。 祝ってくれる気持ちは嬉しい。無理をしてでも帰って来ようとするその気持ちは尊いと思う。 (でも) 帳尻だけを合わせて、その後放置されるのでは意味が無いのではないか。それはただのヒカルの自 己満足ではないのかとさえ思ってしまうのである。 「…ぼくはただ、キミと過ごせればそれでいいんだ」 共に過ごすことが出来なかったとしてもヒカルがこの日を忘れずにいてくれればそれでいいと思う。 「こんな無理をしなくったって…」 アキラが呟いた時だった。唐突にけたたましいアラームが室内に鳴り響いた。 ぎょっとして発信音を探すと、枕元に置かれているヒカルのスマホが鳴っているらしい。 慌てて手に取ろうとするのとヒカルがスマホを握り取るのは同時で、呆気に取られているアキラの前で ヒカルは半分眠ったままの顔でアラームを止めた。 そして手探りのようにアキラを探すと触れた途端に抱き寄せて耳元で言った。 「誕生日おめでとう」 世界で一番愛してると言ってそのままぱたりと伏せた。 「進藤?」 返ってくるのは寝息だけで、一瞬で再び深い眠りに落ちたのだと解った。 振り返るようにして時計を見て、それからもう一度ヒカルを見る。 時計は12時を指していた。 「…バカだなあ」 胸の中に痛いような愛しさがこみあげる。 ヒカルは自分が寝落ちしてしまうことを解っていて、予めタイマーをかけておいたのである。 12時丁度にアキラにおめでとうと言いたいがために。 すう、すうと部屋の中に静かにヒカルの呼吸する音だけが響いた。 時計はゆっくりと針を進めて行き、もう既に誕生日から数分が過ぎている。 案の定だれからも誕生日を祝う電話もメールも何も無く、バカだなあとアキラは再び今度は胸の内で 思った。 「本当にキミはバカなんだから」 目尻に熱い物がゆっくりと滲む。 こんなにぼくを愛してくれるのは世界中で―いや、この世でキミただ一人だけなんだからと独り言の ように呟きながら、アキラは眠り続けるヒカルの背にそっと頭をもたれかけると、静かに幸福の涙を 流したのだった。 |
アキラももう二十八歳ですか。早いですねえ。
知的でゆとりのある大人という感じでしょうか。
でも案外ヒカルに振り回されて、きりきり来ていたりするかもしれないですね。
何十年経っても恋人同士みたいなそんな二人で居て欲しいです。
サイト内には他にも色々ありますので、(ヒカアキ)よろしければそちらも見てみてやってください。
2012.12.14 しょうこ
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