瓢箪からハロウィン



その日、進藤ヒカルは朝からカツアゲに専念していた。

ハロウィンであるのをいいことに、会う人会う人『Trick or treat』を繰り返し、菓子をせびり取っていたのだ。


「おーっす、門脇さん! Trick or treat! イタズラされたくなかったらなんかちょーだい!」

「わあ古瀬村さんイイところに。Trick or treat! お菓子をくれなきゃ、おれイタズラしちゃうからね!」


たまたま同じ手合い日で居合わせた和谷や伊角、冴木や越智も漏れなくヒカルの被害に遭った。


「Trick or treat〜♪ おれにイタズラされるのとお菓子くれるのと、どっちがいい?」

「あー、もう! 鬱陶しいな進藤。今度ジュース奢ってやっからあっち行け!」

「まあまあ和谷、そんなに邪険にしなくても。進藤、食べかけで良ければチョコをあげるけど」

「わーい伊角さんありがとう〜。貰う貰う〜♪」


冴木にはパンを貰い、門脇には昼食を奢って貰った。

越智にはすげなくあしらわれたが、ヒカルのカツアゲは大体の所成功している。



「なあなあ、お菓子くんないと、すっげえイケズなやり方で中押し勝ちに持ってくけどどーする?」

終いに自分の手合い相手にまで菓子をねだり始めた時には流石に和谷に怒鳴られたが。


「てめえ、いい加減にしないと篠田先生に言いつけるからな!」

「えー? 別にいいじゃん。おれは季節のイベントを大切にする男なんだよ」

「何がだ! そもそも菓子をねだっていいのはガキだけなんだよ!」

「おれガキだもーん。まだまだココロはピュアで可愛い子どもでーす!」


反省の色もなく益々調子に乗ったヒカルの前にふいにアキラが現れた。

今日はアキラは手合いでは無かったが、雑誌の取材で棋院に来ていて、ヒカルの結果を知りたくて覗き
に来たのだ。




「進藤、もう終わったのか?」

「塔矢!」


アキラを見つけたヒカルは喜色満面飛んで行って、早速今日一日繰り返して来た言葉を言った。


「Trick or treat! お菓子くれなきゃイタズラするぞ!」


ところがアキラは微動だにしない。眉を顰めると困惑したようにヒカルの顔を見つめた。


「何? お菓子? イタズラって?」


思いがけない反応にヒカルはたじろいだ。

数え切れない程Trick or treatを繰り返して来たが、みんな即座に理解してそれに相応しいリアクションを
してくれた。だからこそ恥ずかしげも無く菓子をねだることが出来たのに、こんな風に素で対応されると自
分がまるでバカのようではないか。



「え? えー、だから今日はハロウィンじゃん。それでお菓子をくんなきゃイタズラするぞって」


ぼそぼそと歯切れ悪くヒカルが言うのにアキラが返す。


「そういえばそうだったね。でも万聖節は日本の風習では無かったと思うけれど」

「いいんだよ、雰囲気なんだよ! とにかく楽しければいいんだって! ノリ悪いなあ、おまえ」


恥ずかしさによる逆ギレでヒカルが突っかかるように言うと、さすがにアキラもムッとした顔になった。


「ふうん、まあいいよ。それでお菓子をあげなければイタズラをするって、キミ、ぼくに一体どんなイタズラ
をするつもりなんだ?」



尋ねられてヒカルはしどろもどろになった。そもそもが菓子狙いなので、どんなイタズラをするかなど考え
ていなかったからだ。



「そ、それは…うーんと、えーと、く、靴を隠すとか」

「今履いている靴をどうやって?」

「じゃあカバンだカバン。カバン隠してやる」

「今日は取材だったから手ぶらで荷物は持って来ていないよ」

「えーと…えーと……」


何か言わなければと焦るあまりヒカルはとんでもないことを口走ってしまった。


「じゃ、じゃあ抱きついてやる! 野郎に抱きつかれるなんて嬉しく無いだろ」

「抱きついて、それで?」


どうするんだとアキラに真顔で尋ねられ、ヒカルはうっと答えに詰まった。


「抱きつかれたってぼくは痛くも痒くも無い」

「こっ、腰とか背中とか触りまくってやる! くすぐったいぞ!」

「それがキミの言うイタズラなのか?」


さも呆れた風なアキラの口調にヒカルは逆上してしまった。


「それだけじゃないぞ、しっ、尻も揉んでやる!」

「へえ…」

「それでぎゅうって抱きしめて、ちゅーもしてやるんだからな!」


どうだまいったかとヒカルは胸を張って見せたけれど、内心では冷や汗をかいていた。

言うに事欠いて抱きしめるだのキスするだの、つい秘めていた願望をそのまま言ってしまったからだ。

これはアキラは怒る。絶対に怒るとヒカルが身構えた時だった。ぽつりと小さくアキラが言った。


「それが…イタズラ」

「そうだよ! だっ、だから嫌だったらさっさとおれに菓子―」


菓子寄越せと、破れかぶれで言いかけたヒカルの言葉をアキラが遮った。


「嫌じゃない」

「え?」


きょとんとした顔でヒカルはアキラを見つめた。するとアキラは気まずそうに視線をそらせて、でも再び口
を開いた。



「別に…ぼくは嫌じゃない。キミに触られても、抱きしめられても、キス…されてもぼくは別に」


よく見るとアキラの頬はほんのりと赤く染まっている。


「キミがそうしたいならすればいいじゃないか。でもお菓子の方がいいと言うなら今すぐどこかでお菓子を
買って来るけれど」



喋りながらどんどん赤さを増して行くアキラの顔を見ている内にようやく事態を理解して、ヒカルの顔も真
っ赤に染まった。



「え? や、嘘! 菓子なんかいらねえ、全然まったく本当にいらないから!」

「だったらイタズラで…いいんだ?」


おずおずと聞かれてヒカルはぶんぶんと首を縦に振った。

なんだっけこういうの。瓢箪から駒、棚からぼた餅、天井から目薬、猿も木から落ちる―は、違った。

ああっ、もうっ!



「イタズラしたい! いや、お願いだからさせて下さい」


真っ赤な顔でぺこりと頭を下げるヒカルにアキラもまた更に頬の色を濃くする。


「いいよ、じゃどこでする? キミにイタズラを―」


イタズラをして貰うのはここでいいのかなとアキラが口走るに至って、ようやくギャラリーが動いた。

最初はヒカルが怒鳴られるのを期待して、けれど思いがけない成り行きに呆然と、しかし立ち去ることも
出来ずに二人を見つめ続けるはめになっていた皆の中から和谷が飛び出して思いきりヒカルの頭を殴
ったのだ。



「このアホんだらどもが! 胸くそ悪いことしてるんじゃねーよ! いちゃつくならどこか他所行ってやれ、
他所で!」


「痛ぇーな、なんだよう」


涙目で頭をさするヒカルに更に被せるように和谷が言う。


「痛ぇじゃねえ! 見てるこっちの方が目も心も痛くて死にそうだっての!」


とにかく、おれらはもうこれ以上一秒たりともおまえらの乳繰り合いを見ていたくねえ、今すぐどこにでも
行ってなんでもしてきやがれと怒鳴られて、ヒカルは一瞬鼻白んだような顔になった。



「…って言ってるけど、どーする?」


思わず振り返ってアキラを見る。


「いいんじゃないか」

「え?」

「…それでいいんじゃないかな」


どうやらアキラは和谷の提案に全く異存は無いらしい。

ヒカルは目をぱちくりとさせたけれど、すぐに自分も何の異存も無いことに気がつくと、にっこり満面の笑
みになり、思う存分ハロウィンを満喫するためにアキラの手を取り二人で棋院から出て行ったのだった。





※ま、間に合わなかった〜。無念。2014.11.1 しょうこ