他愛無い



「うさぎ」

「ぎ…銀杏じゃなくて、銀行員じゃなくて、ぎょうざ」

「ザクロ」

「ロバ」

「バングラディシュ」

「ゆ? うーん」


こんもりと盛り上がった布団の中で、さっきからアキラと交互にしりとりをしていたヒカルは『ゆ』になった所で沈黙した。


「湯豆腐…は、さっき言ったっけ」

「言った」

「後何があったかなあ」


考え込んでぱっと顔を上げる。


「湯飲み!」

「残念。それも最初の方で言ったじゃないか」

「ゆ、ゆ、ゆ、ゆ、あっ、湯西川温泉」

「進藤、んで終わっているよ」

「あーっ、もう思いつかねえ」


悔しそうに言って頭をかきむしる。


「しぶといな、降参したらいいじゃないか」


くすくすと笑ってアキラが促す。

一月一日、めでたい正月の朝に二人が何をやっているのかというと、どちらが暖房を入れに行くかでしりとり勝負
をしているのだった。


いつもなら朝起きる頃にタイマーで部屋に暖房が入るようにしておくのを昨夜に限って忘れてしまった。その上、
布団の中の二人は一糸まとわぬ姿で着替えは手の届く範囲に無い。


しかも暖房は部屋の一番隅に置いてあり、リモコンも無かった。


「このクソ寒いのにまっぱであそこまで行けって言うのかよ」


ヒカルが口を尖らせてアキラに言う。


「少し待てって言ったのに、バスルームからそのままぼくをここに引きずって来たキミが悪い」


そもそもタイマーをかけ忘れたのだってキミが急くからじゃないかと言われてヒカルはぐうの音も出ない。


「くそっ、『ゆ』は思いつかないし、塔矢は意地悪だし!」

「ぼくは別に意地悪じゃないよ。公正なる勝負の結果だ」


それともキミは自分から勝負を持ちかけておいてそれを反故にするつもりなのかとアキラに睨まれてヒカルはな
んとも情けない顔になった。



「あーっ、もう解ったって!」


そして観念したのかばっと起き上がる。


「うわっ、マジ寒っ」


塔矢の鬼、悪魔、バカ、美人〜とつじつまが合わない文句を垂れながらヒカルは本当に寒そうに体をすくませて
部屋の隅にあるファンヒーターの前に向かった。


その背中に相変わらずぬくぬくと布団にくるまれたままのアキラが声をかける。


「折角だからリビングのヒーターも入れてきてもらえるかな」

「マジ?」

「うん。家中暖まったら安心して起きられるし」

「仕方ねえなあ…了解」

「それから起きたらすぐに温かい物が飲みたいからポットの電源も入れて来て貰えるか?」

「はいはいはいはい。湯でもなんでも沸かしてやるよ」

「それから―」

「まだあるのかよ」


さすがにムッとして振り向いたヒカルにアキラがこれ以上無い程優しい声で言った。


「終わったらすぐに戻っておいで、冷えた体を温めてあげるから」


そして掛け布団の端を少しだけめくって微笑んでみせる。


飴と鞭。

言葉が頭に浮かんだけれど、ヒカルは素直に真っ赤になった。


「解った!  今行く、すぐ行く!  超特急で行って来るから」


だから待っててと、いきなり元気になって駆けだして行くヒカルを見てアキラは可笑しそうに笑い声をあげた。


「そんなに急がなくてもいいよ」

「いや、ソッコー、一秒でやって戻って来るから」


ばたばたと足音が床を蹴って走って行く。

平和と言えばあまりにも平和で幸せ極まりない。これが二人の新しい年のスタートだった。




※前にも似たようなネタで書いたことがあるかもしれませんが。のんびりまったり恋人同士の年明けです。2014.1.1 しょうこ