モテ彼氏



ゆっくりお参りがしたいからと近所の神社に初詣に行ったのに、行く道々で進藤はやたらと声をかけられ
引き留められた。


「あら! 進藤先生おめでとうございます」

「ヒカルくんじゃないの! 今年もよろしくねえ」

「年末に温泉に行って来たから今度のお教室の時にお土産持って行きますね」

そのほとんどは年配の女性で、どうやら彼が今教えに行っている区民センターの囲碁教室の生徒さんら
しかった。


「新年早々、こんな美人さんと一緒だなんて進藤先生も隅に置けないねえ」

「はあ…だったら真ん中にでも置いといて下さい」

「いやだ! もう先生ったら」

ころころ笑って去って行くその人達は皆一様に進藤にお年玉よろしく物を渡して行くので、まだ手水舎を過
ぎた所だというのに進藤の両手は貰った物で一杯になってしまった。


みかん、あめ玉、小さい和菓子、袋入りのせんべい等々。もしかしたら朝ご飯だったのではないかと思わ
れるコンビニで買ったおにぎりやあんパンまでご婦人達は進藤に手渡して行った。


「キミ……すごいモテっぷりだね」

あまりに声をかけられるので、ぼくはついムッとして彼に嫌味を言ってしまった。

「年明けからそんなにプレゼントも沢山貰って、今年は良い年になるんじゃないか」

「おまえ、そんな怖い顔して言うなって。モテるって言ったってみんな70歳以上の、ばーちゃんばっかりじゃ
ねーか」


「そうだけど、囲碁教室には男性もいるはずなのに声をかけて来るのはほとんど女性ばかりっていうのは
どうなんだろう」


前々から思っていたけれど、キミって年上の女性受けがいいよねと言うと進藤は情けない顔になって言っ
た。


「じーちゃん達とも仲良いって! たまたまだよ、たまたま」

「ふうん。それにしたって随分偏っていると思うけど」

転げ落ちそうになっているみかんを拾ってやりながら意味ありげに進藤の顔を見つめてやると進藤の顔は
更に情けなさを増した。


「よかったね、これで当分おやつには困らないね」

「だからイジメるなってば、帰ったら一緒に食おうって!」

「でもキミが貰った物だし…」

年配とは言え進藤が女性にちやほやされるのが面白くないぼくは、彼がちっとも悪く無いと知りつつも、も
う少し嫌味を言わせて貰おうと口を開きかけた。そこへふいに声がかかる。


「塔矢先生っ、お久しぶりです」

大きく響く声にびくりとして振り返る。

「…あ、若松さん。それに皆さんも」

そこに居たのはぼくが以前教えていた進藤が行っているのとはまた別口の囲碁教室の生徒さん達で、皆
連れだって初詣にやって来たらしい、破魔矢などを持ちながら上機嫌でこちらに近寄って来た。


「いやあ、塔矢先生お元気でしたか。こんな所でお会い出来るとはこれは今年はさい先がいい」

「先生、今度うちの孫も囲碁をやりたいと言ってるんですが」

「おい出し抜くな、わしがまだ話している途中だ」

「おまえこそ図々しい。わしは個人的に指導碁をお願いしたいと思っていてだな」

わらわらと囲まれてしまったぼくをはじき出された進藤は呆気に取られた顔で見つめている。

「塔矢先生、年明けの十段戦、わしら八重洲の解説会に応援に行きますからな」

「絶対勝って下さい」

「ライバルだとか言うあのちゃらちゃらした若造には絶対負けないで下さいよ」

その『ちゃらちゃらした若造』は、ほんの少し離れた所に居るのだが、スーツで無いと印象が変わるのか
老人達は気づきもしない。


「あ、これ少しですが飲んで体を温めて下さい」

「これ、さっきそこの店で買って来たんですわ」

ぜひ食べて下さいだの、ぜひ持って行って下さいだのあれよあれよという間にぼくは缶コーヒーや焼き芋、
中華まん、おこわにお団子に神社が振る舞っている甘酒まで渡されてしまった。


「それじゃ先生、お元気で」

頑張って下さいと手を振りながら去って行く一団にぼくが圧倒されたまま手を振り返していると、ぼそっと
低い声で進藤が言った。


「……………そういやおまえ、昔っからじーさん受けが良かったよな」

振り返るとじとーっと拗ねたような目つきで進藤がぼくを見つめていた。

「なんだかんだでおまえも随分モテてるじゃんか」

「いや、今のはたまたま」

「たまたま…何?」

「以前教えていた囲碁教室の皆さんで…」

「うん」

「教室には女性も沢山居たし、だから今のは本当にたまたまで…」

「おれもさっきそう言ったけど、おまえにねちねちいじめられた」

両腕一杯にもらい物を抱えながら進藤は恨めしそうにぼくを見る。

「どうせおれ『ちゃらちゃらした若造』だしぃ」

「それはぼくが言ったわけじゃ―」

「ばーちゃん達は誰も応援に来るとは言ってくれなかったしぃ」

「き、来てくれるかもしれないじゃないかっ」

「なんだかんだで塔矢、貢ぎ物沢山貰っているし」

「これは別に―」

「別に?」

「ご……ごめんなさい」

項垂れてぼくは謝った。

「ごめん。本当にごめん。調子に乗って意地悪なことを言って申し訳無かった」

「いいけど、おまえちょっとモテ過ぎなんだよ。マジあんなに人気あるの見るとちょっと…結構妬ける」

絶対浮気すんなよなと言われてカッと頬が染まった。

「キミだって! 年上に弱いって知ってるんだからな、くれぐれも心変わりは―」

言いながらふっと笑ってしまった。

「しないって、するわけねーだろ」

言い返す進藤の声もまた笑っている。

一体ぼく達は何をやっているんだろう。

初詣に来た人々が行き交う近所の神社の境内で、両腕に抱えきれない程の貰い物を持ちながら、
お互いに有り得ない程年上の男女の群に焼き餅を妬いている。


大晦日に落としたはずの煩悩はどうなったのか、新年からこれではこれからの一年が思いやられ
る。


「とにかく早くお参りして来ようぜ」

ひとしきり笑った後進藤が言った。

「鳥居くぐって結構経ってんのに、まだお参りもしてないってどーゆーことだよ」

「せっかく空いているからって近くの神社に来たのにね」

「ん。そしてさっさと帰ってこの貢ぎ物をどうにかしないと」

このままここに居たらもっと増えかねないからと進藤が言ってぼくを促した。

「何しろおれの恋人はモテてモテてしょーがないからさぁ」

しれっと言う進藤にぼくも同じくらい澄ました顔で返してやった。

「奇遇だね。ぼくの恋人もだよ」

ぼく達は笑いながら肩を寄せると、思いがけず時間がかかった初詣をするために仲良く拝殿に急
いだのだった。


※死語の世界にようこそ。いや、どうなの?モテってどのくらい死語なの? でもこの言葉がしっくりくるのでこれに。なんとなくですが
ヒカルは女性受けが良く、アキラはもちろんどちらにも人気がありますがどちらかというと男性に人気があるんじゃないかなって。
硬派な感じが年配の男性受けしそうです。反対に面白くて当たりが柔らかいのでヒカルは年配の女性受けが大変良いと。
それでも嫉妬しちゃうお互い相手バカなヒカアキちゃんです。2014.1.3 しょうこ