負けず嫌いのクリスマス
そのセーターを初めて見た時、進藤に似合いそうだと思った。 ちょうどショーウインドーの中身がハロウィンからクリスマスに移り変わった頃で、雪景色を見立てた背景の中、 立っているマネキンは背格好もなんとなく進藤に似ていた。 (白、青…いや、グレーかな?) 駅に向かう途中、前を通り過ぎるたびにちらりと横目で見ては毎日のように何種類かある色のどれが彼に似合 うかを考えた。 (本当は濃い色の方が汚れが目立たなくていいんだけど、でもやっぱり) ミルク色に近い白が進藤に一番似合うと思った。 ざっくりと編んであるようで、けれど裾に向かって凝った模様が広がっている。 アラン編みと言って、アイルランドのニットなのだと店員に言われた。 (進藤は何枚かセーターを持っているけれど、こういうタイプの物は無かったはずだし) 今着ている冬のコートの下に良いのではないかと思った。 肌触りも良いし着回しも利く。これからの季節にきっと重宝するだろう。 他にも2、3小物を合わせ、ぼくはそれを彼のクリスマスプレゼントにすることに決めた。 そして当日。 クリスマスイブだからと言って休日になるはずもなく、進藤は手合い。ぼくは指導碁を二件こなした後にようやく 彼の住むマンションで落ち合った。 「お帰り−、お疲れー、そしてメリークリスマス」 先に帰っていた進藤はぼくを玄関で出迎えてくれると、ぎゅっと強く抱きしめた。 「冷たいなあ、おまえの体。すっかり冷えちゃってるじゃん! 早く入れよ。メシももう出来てるし風呂も沸いてる し、どっちでも好きな方からどうぞ」 「じゃあお言葉に甘えて先にお風呂を使わせて貰おうかな。油断して少し薄着で行ったから今日は一日寒くて たまらなかった」 「おまえ、人のことはうるさく言うくせに自分のことは結構無頓着だよなあ」 進藤は呆れたように言うと、急に何か思い出したような顔になってぼくを残し、部屋の奥に歩いて行った。 「進藤?」 「んー、いや、ちょっとさ」 言いながらすぐに戻って来て、ぼくにクリスマスカラーにラッピングされた包みをぐいと差し出す。 「本当はメシ食って酒飲んで、えっちした後のムード一杯の中で渡すつもりだったんだけど、やっぱり今にしよう と思って」 促されて立ったまま包みを開ける。 「――あ」 思わず小さく声が出た。包み紙の中から現れたのは、温かそうな凝った編み込みのセーターだったからだ。 「これ…」 「おまえんちから駅に向かう途中のビルにメンズのブランドショップがあるじゃん? あそこのショーウインドーに ちょっと前から飾ってあってさ、一目見た時から絶対おまえに似合うと思って狙ってたんだ」 それは正にぼくが彼へのプレゼントにと選んだセーターと色違いのものだった。 「おまえ、モコモコするから嫌だってあんまりニット着ないけどさ、今年はなんかすげえ寒いし、コートの下に着 ればいいと思うんだ」 それなら肌触りもいいし、そんなに着心地悪く無いんじゃないかと言われてぼくは苦笑のように笑ってしまった。 「…うん、確かに手触りいいよね」 「なんだよう、やっぱ毛糸物は嬉しく無いのかよう」 ぼくの反応が今ひとつと見たのか進藤が拗ねたように言う。 「おまえ冬になると必ず一度は風邪ひくじゃんか。今日だってそんなに冷えちゃってるし、だからちょっとでも温 かくして貰いたいんだって」 「違う、ごめん。嬉しく無かったわけじゃないんだ。ただ、ちょっと驚いてしまって」 「驚いたって何に?」 「うん、そうだな。言うより見て貰った方が早いんじゃないかな」 言いながら、下げて来た紙袋からプレゼントの包みを取り出して彼に渡す。 「何? プレゼント? おれに?」 「うん。だからとにかく開けてみて」 受け取った彼は不承不承包み紙を破り始めた。 同じ店のものだけれど、包み紙の色が違っていたのですぐには気がつかなかったらしい。中身が見えてきて 初めて彼の顔に「おっ」という表情が浮かんだ。 「うわ、えー、マジ??」 ミルクホワイトのセーターを取り上げて、進藤がひたすらびっくりしている。 「なんだよ、おまえもあの店で買ったの? しかも同じヤツなんて」 「ぼく達恐ろしく気が合ってしまったみたいだね」 ショーウインドーにはこれの色違いの他に、何種類か別のタイプのセーターもあった。 けれどぼく達はまるで示し合わせたかのように同じものを相手に選んだのだった。 「似合うかな? ぼくはキミに似合うと思って買ったんだけど」 彼が贈ってくれたセーターを取り上げて体に当ててみる。 「似合うよ。決まってんだろ! おれはおまえに似合うと思って買ったんだから。でも、おれにはどうだか」 そう言って体に当てたセーターは頭の中で思い描いていたように彼に実によく似合った。 「似合ってる。ぼくの見立てに間違いは無いよ」 「いや、絶対におまえのが似合ってるね。おまえに関してはおれの目に狂いは無いんだから」 彼が選んでくれたのは柔らかな若草色のもので、そうか、彼から見たぼくはこういう色が似合っているのかと妙 に新鮮な気持ちになった。 「これって、色違いのペアルックだよな?」 しばらくまじまじとお互いの持つセーターを見合った後で進藤が言った。 「だったら―」 「え? いや、冗談じゃない。一緒には絶対に着ないよ」 「なんでだよ、着ようぜ。どうせ上にコート着ちゃえばわからないんだし」 「それでも嫌だよ。色違いのお揃いなんて」 恥ずかしい。あまりにも浮かれ過ぎていると思うのだ。 「いいじゃん、おれ実を言うとちょっとそういうの憧れてたんだ。恋人とペアルックなんてベッタベタにベタだけ ど、なんかすごく幸せそうな気がするじゃんか」 進藤はものすごくやりたそうで、彼お得意のねだり顔になっている。 「いや、それでも嫌なものは嫌だよ。どこかに入ったらコートなんて脱ぐものなんだし、そうしたら何て言われる ことか」 「だったら今! 今ここで着てみようぜ」 どうしても諦め切れないらしい進藤は、益々物欲しそうな子犬のような顔になってぼくに迫った。 「今ここでお互いに着てみる。それで一応諦めるからさ」 どうせ風呂に入るのに脱ぐ予定だったんだから、ちょっと着て見せてくれたっていいだろうと言われては、あまり 強くも拒めない。 「…まあ、今ここで少し着るくらいなら」 「よっしゃ! 写メも一枚だけ撮らせろよな、絶対誰にも見せないから」 それでも写真だけは嫌だからと言う前にそれを封じられてしまった。 「キミのその情熱は一体どこから出てくるんだか」 「え? もちろんおまえへの尽きない愛情からだよ」 しれっと言われては何も言い返せない。ぼくはため息をついて、大人しく彼に従うことにした。 嬉々として着替えた進藤はまだ着替え途中のぼくをじっと見て満足そうに笑っている。 「やっぱなあ、おまえ絶対その色だと思ったんだよな。おまえが買ってくれたこれもいいとは思ったんだけど、な んかこう白過ぎるって言うか、もっと色が付いていた方がいいなって」 「白過ぎて悪かったね。ぼくも若草色は綺麗だと思ったけれどキミにはもっとシンプルな方がいいと思ったんだ」 青もあった、グレーもあった、黒も紺も赤もあったけれど、進藤には柔らかいこの色が一番似合うと思ったの だ。 何故なら彼自身が何よりも鮮やかな『色』そのものだから。 「うん、綺麗、美人、最高っ!」 着替え終わったぼくに進藤が嬉しそうに言う。 「その褒め言葉はぼくには正解じゃないけど?」 「えー? 面倒臭いなあ、おまえ。解ったよ。凛々しい、カッコイイ、男前」 「まあ、それで許してあげようか」 くすくすと笑いながら改めてぼくは進藤を見た。柔らかな色味は彼の男っぽさの中に含まれる甘さを上手く引き 立てている。 男臭すぎ無い、けれど確固たるものがあるとよく解る。 客観的に見て、進藤は惚れ惚れするほどいい男だった。 「さっきの言葉、そのままキミに返す」 「え?」 「凛々しい、格好いい、そして男前だっけ? 二枚目の恋人を持つというのはいいものだね」 きょとんとした進藤の顔が顎から一気に赤に染まった。 「おまえのそーゆーの、時々ほんと殺人的だよな」 「何故? 本当に思ったことを言っただけなのに」 「だからおまえのそういう…あー、もういいよ! とにかくおまえは完全なおれキラーだってことだよ」 照れ臭いのかキレ気味に言いながら、進藤はぼくの頬を両手で挟んだ。 そっと近づいてくる顔に、ぼくは抑えるように手をかざした。 「このままするつもりか? まだぼくはお風呂に入っていないんだけれど」 「いいだろ、別に。まだ寒い?」 「いや。でもキミ、写真を撮るとか言っていなかったか?」 「後でいいよ、んなもん」 「食事の用意もしてくれてたんじゃ―」 「後でいいよ、後で! おまえなあ、そんな美味しそうなくせにあんまり焦らすといい加減おれでも萎えるから な?」 一々止められて苛立ったのだろう、進藤がぼくを不機嫌そうに睨め付ける。 「せっかくのクリスマスに勃たないおれでもいいんかよ」 「それは――困るな」 本当はもう少しセーターを着た彼を見ていたい。 渡していないプレゼントが他にもあるし、もう少しだけこうして『する直前』の雰囲気を楽しんでいたい気もするの だけれど、進藤の機嫌を損ねては何にもならない。 「じゃあ、どうぞ。続き」 「おまえさあ…」 むうっと尖る口に、かざしていた手でするりと頬を撫でてやる。 「食べて貰おうじゃないか、存分にキミの望むように」 その代わりぼくもキミを食べさせて貰うからと言ったら進藤の目は丸くなって、それから可笑しそうに笑った。 「言うじゃん」 「だってぼくの目には、キミも最高に美味しそうに映っているからね」 「この負けず嫌い!」 「キミもね」 ぼく達はどちらも負けず嫌いで、どちらも同じくらい相手を愛している。 似合いの恋人同士と言っていいのではないだろうかと思いながら、ぼくは急くように触れる彼の指を躱し、自分 で贈ったセーターを彼から脱がし始めたのだった。 |