岡目八目


待ち合わせた駅に向かう途中、いつになくスーツ姿の若者が多いなと思った。

常日頃見慣れているものなのに今日に限って目に留まったのは、人数の多さとそのスーツが彼等に
馴染んでいないように見えたからだった。


(就活かな)

そう思った次に、綿毛のようなショールを羽織った晴れ着姿の女性達が沢山歩いて来るのを見てやっ
と今日が何の日だったかを思い出した。


(成人の日か)

自分のそれはとうに過ぎているし、そもそも式にも出ていないので意識することがほとんど無い。

今日も祝日だということは解っていたけれど、何の日かということは全く失念していた。

「…なるほど」

自分は高校にも大学にも行かなかったけれど、普通ならこの年齢ならまだ大学生だろう。だからスー
ツが借り物のように見えるのだ。


実際、仲間同士はしゃいだ様子で歩いて行く様は、同じ年だった頃の自分とはどうしても重ならない。

(進藤も最初の頃はスーツが体に合っていなかったっけ)

彼のスーツ姿を初めて見たのはどの時だったか。北斗杯の時にはまだ全然馴染んでいなかった。

きっちりとしたスーツは、まだ子どもっぽさの残る彼の顔には似合わなかった。

その後も対局やイベント等で進藤がスーツを着る機会は増えたけれど、いつまでも中々馴染まなかっ
たような気がする。


それがしっくりと馴染んだのはいつだっただろう。

ある日気がついたら、進藤はスーツ姿が自然な大人の男になっていたのだった。

(騙されたみたいだ)

言動共に子どもっぽくて、随分苛々させられたものだったのに、ある日つるりと子どもの皮を脱いでし
まい、澄ました大人の顔をしている。


(それにコロリといってしまったのだから)

自分は随分安いものだとそう思う。

(キミなんか、今ここを歩いて行く新成人達と同じように幼い顔をしていたじゃないか)

それなのに。



会場に向かう前に皆で待ち合わせているらしく、駅前は非道い混雑だった。

スーツと晴れ着、晴れ着とスーツといった感じでこれではどこに誰がいるのかもわからない。

ここで待ち合わせたのは失敗だったかなと思った時に、すっと目が一点に引き寄せられた。拡散して
いた世界が絞られて、探していたたった一人が視界に入る。


意識してというよりも、解らないはずがないという存在感だった。


「キミ、憎らしいぐらいに男前だな」

目の前に立って言ってやったら進藤はきょとんとした顔になって目を見開いた。

「なんだよ会う早々に。褒められてんの? けなされてんの? それ」

「褒めているんだよ。スーツがよく似合うなって」

ぼくの言葉に進藤は気がついたように回りをざっと見渡した。

「当たり前だよ、何年社会人やってると思ってんだよ」

似合わなかったら困るってと少々拗ねたようにぼくに言う。

「似合うのなんか、おまえなんかもう最初からずっとスーツがクソ似合ってたじゃんか」

「それこそキミ、褒めているのか? けなしているのか?」

「両方」

悪びれなく進藤は言った。

「出会った最初からおれより大人で、それにムカついていたからさ」

やっと追いつけてほっとしたと、笑う顔は今でも少し少年ぽい。

けれどもう子どもでは無い。

「で、結局おまえ何が言いたいわけ?」

小首を傾げて進藤がぼくを見る。

「宣戦布告? それとも盤外戦か?」

「まさか、ただしみじみと思っただけだよ。恋人が男前で嬉しいって」

「当たり前、これでも日々努力してんだから」

「知ってる」

ちゃんとぼくは知っているよと、それは言葉には出さずに胸の中だけで思う。

子犬のようだったキミが今のキミになるまでにどれだけの努力と経験を重ねて来たのか一番良く知っ
ている。だからこそスーツの似合う大人になった、その成長が嬉しいのだ。


「まあいいや、行こうぜ」

腕に填めた時計を確かめた進藤がぼくに言った。

「このままだと双方不在っていう不名誉な結果で終わっちゃうぜ」

「それは困るな」

苦笑して歩き出す彼に続く。

タイトル戦では無い、けれどリーグ入りを賭けた予選の決勝でぼく達は今日戦うことになっている。

以前ならこういう時にはお互い顔も合わせたくは無かったけれど、今はこうして普通に待ち合わせて
二人で出向くことも多かった。


未だに有り得ないと驚かれるのだが、ぼく達の間では自然なこととなっている。

(それはお互いに大人になったから)

思いかけて、いやと首を振る。

「なんだよ」

「いや、これだけスーツ姿が揃っていても、やっぱりキミが一番格好いいなと思って」

「バーカ」

進藤は言って照れてそっぽを向いてしまった。

(違う)

キミが大人になったからだと、ぼくは周囲に溢れかえる不慣れなスーツを眺めながら、誇らしい気持
ちで思ったのだった。



※やっぱり進藤のスーツ姿はいいな、好きだなと、惚れ惚れ眺めるアキラの話でした。
昨日一日たくさんのスーツ姿を見ていたら、なんとなく書きたくなったのですよ。
2015.1.13 しょうこ