塔矢アキラ誕生祭14参加作品





We need each other



出掛けたのは天気が良かったからだった。

前日の予報では雨のはずだったのに、夜のうちに天候が変わったらしい。

朝になってみたら空はからりと晴れ渡り、だったら家に居るよりはと、進藤と二人で出掛けたのだった。


「どこ行く?」

「景色の良い所がいいかな」

「おれは美味いもんが食えればどこでもいいけど」

「どうせならのんびりと過ごしたい」


互いの希望を擦り合わせ、少しだけ電車に乗って海の近くの公園に出掛けた。


「ふうん、結構良い所じゃん」


着いてすぐ、綺麗に紅葉した木々を眺めながら進藤が言う。


「キミは売店が沢山あるから満足なんだろう」

「まあ、それもあるけど」


フランクを食べたい、つくね串食べたい、それがダメなら中華まんと言い張る進藤をせめて昼まで待てと
宥めてゆっくりと公園内を散歩する。


初めての場所では無いけれどこの季節に来るのは初めてで、だから景色が非道く新鮮に目に映った。


「そういえばさあ、おれ先週、和谷と一緒に狭山まで行ったじゃん?」


唐突に進藤が話し出す。


「ん? うん。森下先生のお知り合いの所にお手伝いに行ったんだっけ」

「そ。碁会所の新規オープンの助っ人ってことで行ったんだけどさ、着いたらびっくり! 絶世の美女が
ずらーりと居てさ、おれめっちゃモテた。ヒカルくんこっち来て〜とか、ヒカルくんこれ美味しいから食べ
なさいよ〜とか」


「ふうん」

「あれ? 妬かないんだ」

「妬いてるよ。でも人生経験が自分より40年以上あるご婦人には対抗心を抱かないことにしているか
ら」



ぼくの言葉に進藤は、いきなりがっかりした顔になった。


「なんだよう、知ってたのかよう。 和谷にでも聞いたのか?」

「いや、ただ次の日用事があって棋院に行って、事務室で天野さんに写真を見せて貰ったから」


見せられたのは平均年齢70歳以上の元美女達に囲まれて、みかんを食べつつ和やかに談笑している
進藤と和谷くんの姿だった。



「ちぇっ、天野さんおまえ贔屓だからなあ」

「関係無いだろう。和気藹々としていて実に良い写真だったよ」


拗ねた顔になる進藤と、でも喧嘩にはならずにそのまましばし歩き続ける。

何年か前だったらこんなことでも激しい喧嘩の元になった。でも今はもうそんなことは無い。



「あ、あっちでなんかやってるみたいだぞ」


進藤に促され、のぼりをたよりに公園の中央に向かう。

ぽつぽつと人の姿が増えて行き、たどり着いてみたら陶器市をやっていた。


「へー、茶碗が沢山売ってる」

「それ以外にもたくさんあるだろう」


大皿や小皿、酒器に茶器。様々なものが売られていた。

端から二人で冷やかして歩き、けれど気がついたらバラバラになっていた。

ぼくはつい一つ一つじっくり見てしまい、進藤は飽きっぽく新しいものを見たがるからだ。


「塔矢ー、ほらこれすげえ変な絵が描いてある」

「いいから好きなように見て歩け、ぼくもすぐに追いつくから」


子供のように目新しい物が見つかるとぼくを呼ぶ進藤に苦笑しつつ、また目の前の物に視線を戻す。

茶碗だった。

大きさが手頃で焼き色と持った時の手触りがとても良い。


(いいな、これ)


普段使っている物は進藤と暮らし始めた時に誂えた物で、その時はそれなりに考えて選んだ物だっ
た。


でも最近、その色味が少し派手すぎるように感じていたのだ。


(量も少し多めだし)


一杯の量がどうも最近多く感じる。

進藤は元来沢山食べるタイプだが、最近は以前よりずっと食事量が落ちている。

そんなに食べなくても満足出来るようになったと言うか、単純に年を取ったのだろう。

それくらい二人で暮らした年月が多くなり始めているのだ。


「おーい、塔矢。おーいってば」


遠くで進藤が呼んでいたけれど、軽く手を振っただけで無視をした。

いつの間にかぼくは目の前の茶碗を買おうかどうしようか真剣に考え始めていたからだ。


(まだ散歩の途中なのに、陶器は嵩張って荷物になる)


けれど後でまた買いに戻るのは面倒で、もしかしたら同じ場所には戻らないかもしれない。


(そもそもこれは何時までやっているものなんだろう)


尋ねてみたら夕方までやっているとのことで、時間の問題は解決したけれど、同じ物がずっと残ってい
るとは限らない。



(折角良い感じの物が見つかったのに)


ぼくは物との出会いも一期一会だと思っている。逃したら当分、同じくらい気に入る物にはたぶん巡り
会えないだろう。



(でも、やっぱり邪魔になる)


まだ昼も済ましていないのに、こんな嵩張る壊れ物を買ってどうするのだと考えが堂々巡りになりかけ
た時、肩越しに進藤の声がした。



「何? その茶碗買うの?」

「ああ、どうしようかちょっと迷っていて」


振り返らず茶碗に視線を向けたまま言うと、進藤は小さく笑ってあっさりと言った。


「買えばいいじゃん」

「でも、まだ来たばっかりで荷物になる物を買うのは――」

「気に入ったんだろ。だったら買うべき。他見てる内に売り切れちゃうかもしれないしさ」


そしてぼくがまだ躊躇っている間に店主に声をかけて茶碗を二つ買ってしまった。


「キミね……」


案の定、新聞紙で厳重にくるまれた茶碗二つは荷物になった。

重くは無いが嵩張るし、割れ物だと思うと気を遣う。


「どうせなら他にも買って行くか。いつも食後はコーヒーだけど、最近日本茶が飲みたいなって思い始
めていてさ」



だから揃いの湯飲みが欲しいと、きょろきょろと物色し始める。


「そんなに買ったらもう何も見て歩けなくなるよ」

「いいよ、そうしたら帰ればいい。今日はここに茶碗と湯飲みを買いに来た。それが目的だったと思え
ばいいじゃん」



そもそも今日は何か目的があって来たわけじゃ無かっただろうと言われて納得する。


「そうだね。だったらお皿も何枚か買って帰ろうかな」


焼き物皿も模様の無いシンプルな物が欲しいと思っていたのだ。


「じゃあ決まり。湯飲みと皿買ってさっさと帰ろう」


そして今度は手を繋ぎ、二人でゆっくりと陶器を選んだ。

ふと顔を上げればあちこちで年配の夫婦が同じように陶器を選んでいて、ああぼく達も夫婦みたいだ
とぼんやりと思った。



「夫婦だろ」


いきなり言われて心底驚く。


「ぼくは口に出していたか?」

「いや? でも見た物とその後の表情見てれば大体解る。そもそもおれも同じこと考えてたし」


こういう風に、重ねた年に合わせて器を変えて行くのっていいよなと微笑まれて顔が赤く染まった。


「キミは時々信じられない程恥ずかしいことを口にする」

「んー、でも心にも無いことは言わないし」


本当におれ達もうとっくに夫婦だよと、重ねて言われて益々顔が火照ってしまった。


「キミはもう――」

「あ、それから今日買う物は全部おれ持ちな。おまえ明後日誕生日だろう」


2日早い誕生日プレゼントだと言われて撃沈した。


「……命令だ。しばらくその口、閉じていろ」

「へいへい」


でも手は離さない。

真っ赤に火照った顔のまま、青く晴れ渡る空の下で、ぼくは進藤と二人幸福な気持ちで陶器を選んだ
のだった。



塔矢アキラ誕生祭14、開催おめでとうございます。


今年もこうしてアキラの誕生日を皆様とお祝い出来ることを幸せに思います。管理人様本当にありがとうございます。
さて、アキラももう29歳ですか。いやいやいやいや、棋士としても脂がのってバリバリ活躍していることでしょう。
年を経るごとに益々美しく、凛々しく、ヒカルと仲睦まじく暮らしていることと思います。


そろそろもうあまり喧嘩はしなくなっているんじゃないかな。(碁以外では)
ゆっくりと静かに二人で時間を紡げるようになったのではないかなと。
そういう意味の「夫婦」です。



サイト内には他にも色々ありますので、(ヒカアキ)よろしければそちらも見てみてやってください。
2015.12.14 しょうこ


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