一週間後



日曜日、母から電話がかかってきた。

ちょうど一週間前、母の日ということで双方の母親を連れて食事と観劇に行ったので、そのお礼だろうと
軽い気持ちで応対した。


すると開口一番母が言ったのだった。

「進藤さんとはもう仲直り出来たの?」

「え?」

実は一週間前ぼく達はかなり非道い喧嘩をしていた。

出掛ける直前まで怒鳴り合っていたと言ってもいい。

けれど母達と合流してからは、ぼくも進藤もそんな素振りも見せず上手く隠し通したつもりだった。

「ふふふ、確かにね、アキラさんも進藤さんもとても上手に隠していたけれど、やはり表情の違いや雰囲気
で解ってしまうものよ?」


私も進藤さんのお母様も伊達に何十年もあなた達の母親をやっているわけじゃないんですからねと言われ
て、恥ずかしさに顔が赤くなった。


「すみません……でも、進藤と喧嘩するのはいつものことだし、それにそんなことでお母さん達との約束を台
無しにしたくは無かったので」


「いいのよ。別に責めているわけじゃないの。ただ進藤さんのお母様もすごく心配していらしたから」

一緒に居る間中、母も進藤のお母さんも朗らかでずっと楽しそうだった。それが内心ではぼく達のことを察し、
心配していたなんて。


「…そんなにいつもと違いましたか?」

恐る恐る尋ねると、いきなり電話の向こうで母は弾けるように笑った。

「違うも違わないも………あらあら、自分達では解らないものなのねえ」

普段のあなた達の睦まじさと言ったら見ているこちらが恥ずかしくなってしまうくらいなのにと言われて、ぼく
の染まった頬は更に赤くなった。


「そ…そうでしょうか」

「そうよ。お父さんなんていつも苦笑いしているくらいなんだから。でもどんなに仲が良くても一緒に居れば喧
嘩をする時だってあるわよねえ」


しみじみと言われて何も返すことが出来なかった。

「あなた達の努力に水を差すつもりは無かったんだけど、やっぱり心配になるでしょう? だからこうして無粋
なことをしているわけ。ね、改めて聞くけれど、進藤さんとはもう仲直りしたの?」


「…はい」

「いつも通り、恥ずかしくなるくらいあなた達は仲良しかしら」

「知りません」

からかわれている。そう思いながらも相手が母なのでぞんざいには出来ない。

「そう? まあいいわ。そうなんだって受け取っておきますから。この後で進藤さん…あ、お母様の方にね、ご
連絡差し上げることになっているの。きっとほっとされると思うわ」


二人の母が顔突き合わせ、どんなことを話し合ったのだろうかと考えると、それだけで居たたまれない気持ち
になる。


「ごめんなさいね、アキラさん。意地悪しているわけじゃないのよ。それは解って頂戴ね」

お食事は美味しかった。お芝居も面白かった。あなた達の元気な顔を見られたのも嬉しかった。でも私達が一
番嬉しいのはあなた達二人が仲良く暮らしている事だからと言われてもう本当に何も言うことが出来なかった。


「大丈夫です。…それは」

喧嘩は日常茶飯事だけれどぼく達はいつも仲良く暮らしていますからと、気がつけばぼくは普段なら死んでも言
わないようなことを言っていた。


あらと電話の向こうで母が驚いたような声を上げる。

「惚気られるとは思わなかったわ。でも良かった、本当にほっとしたわ。このこともちゃんと進藤さんのお母様に
お伝えしますから」


明るく笑って母は電話を切った。

きっとこれから言葉通り、進藤のお母さんに電話して事の次第を話すのだろう。そして二人で笑いながら、良か
ったと言い合うのだろうと思ったら嬉しくなり、同時に切なくもなった。


(進藤にも話さなくちゃ)

何も知らない進藤はまだ寝室で眠っている。

母に言った通り、元通り仲良くなったぼく達は昨夜遅くまで睦み合っていたからだ。

(叩き起こしてそれから)

今の母とのやり取りを全部話そう。そして進藤の目が完全に覚めたら、それから二人して計画を立てなければ
ならないと思った。


お互いの母を今度こそ心から喜ばせるために母の日をもう一度やり直すのだ。


※二週間遅れですが今年の母の日SSです。アキラのお母さんとヒカルのお母さんは仲良しで時々連絡を取り合っているという設定。
明子ママは普段パパ関係でのお付き合いが多いので美津子ママと居ると気持ちが楽なんじゃないかな。
明子ママのオススメで最近美津子ママが宝塚にはまっていたりしたら楽しい。2015.5.23 しょうこ