Halloween



「トリック・オア・トリート」


差し出されるたくさんの小さな手にあめ玉やチョコレートの小袋を握らせた。

棋院が子供向けにハロウィンイベントなどを開催してくれたおかげで、ヒカルは朝からずっと1Fフロアの片隅で、やって来た子供達にひたすらお菓子を配るという派手ではあるが単調な仕事を仰せつかっていた。

ヒカルはイベントの仕事自体は嫌いでは無い。むしろ子供向けのイベントは大好きだと言っても良い。

でもそれは一緒に打ったり、指導碁をするのが好きということで、こんな離れ小島にひとりぼっちで座り、ただひたすらお菓子を配るのが好きということでは無かった。


(せめてちょっとでも打って、勝ったら菓子をやるとかだったら良かったのに)


簡単な詰め碁の問題でもいいではないか、碁盤の上に数手石を置いた状態にして、次にどこに打てばいいか考えて貰っても面白いと思う。



「だーかーらー、んなことやってたら菓子貰いたいのに中々貰えなくて大混乱になるだろ」


一度だけ昼時に弁当を届けに来てくれた和谷にこぼしたら呆れたように言われてしまった。


「菓子貰いたいだけで来てる子も居るんだからさ、退屈だろうと何だろうとにっこり笑ってさっさと菓子を渡してやれ」


そんなことをいうならおまえがやれよと言いかけた憎まれ口を聞く間も無く、和谷はさっさと忙しく自分の持ち場に戻って行った。


(ちぇっ、おれにもう少しくじ運があればなあ)


司会など大きな役割は上が決めたが、細かな役割分担は最終的にくじ引きで決めた。それでヒカルは菓子係になったのである。

和谷と越智は初心者向けの囲碁教室の先生役、冴木と伊角は指導碁だったか。皆がそれぞれやり甲斐のある仕事についていて、ヒカルは羨ましくて仕方がない。


「弁当なんかどうでもいいから、少しはおれと代われよな」


ぶつくさ文句を言いつつ、それでも弁当は有り難かったのでヒカルは子供達が途切れた合間にかき込むようにしてそれを食べた。

棋院の入り口はかぼちゃで彩られ、いつもは閉じられているドアも大きく開け放たれている。

どなたでもOK、お菓子を差し上げますと書いてあるおかげで、通りがかりの子供や、ベビーカーを押した若い母親などもやって来た。
でも皆貰えばすぐに去って行ってしまう。


せめて仮装でもさせてくれたら気分ももう少し盛り上がったのだが、さすがにそこまではくだけきれなかったのか、仮装して良いのは参加する子供だけになっている。

その子供達も午後になり菓子の残りが少なくなって来た頃にはもうほとんどやって来なくなって、ヒカルはぽつんと暇になってしまった。


「あー、もう。ここ放って上行こうかなあ」


たまに現れる人影も、エレベーターを降りて真っ直ぐに出口に向かう帰る客ばかりでヒカルは本当にクサってしまった。

暇なあまりだらしなく机の上に体を伸ばして寝そべっていると、ふっと視界が暗くなった。


「絵に描いたように不真面目だな」

「いいんだよ。どうせ誰も来ないし」


ヒカルは顔を上げもしない。声だけで誰か解ったからだ。

アキラだった。確か上のホールでイベントの司会進行役をしていたはずだが向こうも一段落ついたらしい。


「ぼくが来ただろう。ちゃんと接客しろ」


えー、なんだようと面倒臭そうに返しながらも、それでも内心ではアキラが来たことがヒカルは嬉しい。


「いいけど、もうほとんど何も残って無いぜ。飴と煎餅と、ああ、まだチョコの袋が残っていたな」


足下に置いたダンボール箱の中を探って小さな袋を取り出すと、ヒカルはそれをアキラに突き出した。


「ほら、持って行けよ」

「いらない」

「なんだよ。チョコはお嫌いなのかよ。だったら飴か―」

「飴もお煎餅もクッキーも何もいらないよ」

「はあ? だったら何しに来たんだよ」


困惑したように見上げるヒカルにアキラはにこっと微笑むと体を屈めて顔を近づけて来た。


「何ってそれは今日はハロウィンなんだから」


言って、そっと口づける。


「悪戯をしに来たに決まっているだろう」


ぽかんと目を見開いたままだったヒカルは一気にドッと赤くなった。


「ばっ、馬鹿じゃねえの」

「馬鹿で結構。ぼくはお菓子なんか欲しく無いからね」


欲しいのはいつだってキミだけだよと囁いてくるりと身を翻す。


「来年も再来年も、たぶん一生」


キミに悪戯だけをしに来るからと言ってそのまま去って行った。


「ちょっ……待てよ馬鹿! 畜生」


我に返って追いかけようとしたヒカルを尻目にアキラはエレベーターの中に消えてしまった。


「なんだよあいつ、普段はあんなこと毛ほども言ったりしないのに」


それがハロウィンということか。ハロウィンだから言ってくれたのか。

そう思うとヒカルは無性に悔しく、同時に腹の底が熱いような、全身を擽られるようなもぞもぞとした気持ちに襲われた。


「あの野郎」


一方的に悪戯だけされてたまるかと、ヒカルはダンボール箱の中から菓子の袋を一つ乱暴に掴み取ると、アキラに仕返しをするために、猛烈な勢いで階段に向かって走ったのだった。


※遅刻ハロウィン。しかも似たようなパターンの話ばかりで申し訳無い。アキラはお堅いのでいつもは自分から仕掛けることはありませんが
大義名分?があればそれを逃さないタイプです。2015.11.1 しょうこ