PLATINUM
30歳の誕生日直前、髪の中に数本の白髪を見つけた進藤はびっくりするくらい落ち込んだ。 「やっぱなあ、やっぱもう30だもんなあ」 もう若く無い、オジサンになってしまったと、何度も鏡を見てはくよくよと嘆きを繰り返す。 「キミね、30なんて棋士の中じゃまだまだひよっこの部類だろう? なのに若く無いなんて落ち 込んでいたら桑原先生に笑われるよ?」 「桑原センセーは妖怪だもん。つか、上の方に居る先生方、みんなもう人外じゃん。おれは人類 だから落ち込んでんの!」 これからどんどん老いて行くんだ。白髪も増えて、皺も出て来て、最悪禿げてしまうかもしれない と、よくもまあそこまで悲観的な考えを加速出来るものだと思ってしまう。 「あー、もうおれのセイシュン終わった! 」 「青春って……」 年を取らない人間は居ない。否、人間以外の生き物だって皆年と共に老いて行くのだ。 「だったらぼくも覚悟しておこうかな」 憂鬱そうな顔でため息をつく進藤をしばらく黙って見詰めた後でぼくは言った。 「覚悟? 何の?」 「三ヶ月後には、ぼくも30になるからね」 その頃にはキミと同じように白髪が生えてくるかもしれない。 年と共に皺も出来て、染みも肌に浮いてくるかもしれない。 「確かにもう成長期は終わったし、これから老いてくる一方なんだろう。だからキミに愛想を尽か される覚悟をしておかなくちゃって」 「え? 無いよ、そんなの無い!」 びっくりしたような顔になって進藤は即座に言った。 「年取ったからっておまえに愛想尽かすなんて、そんなこと絶対に在るわけ無いじゃん」 「そうかな? 老境に入れば腰が曲がるかもしれないし」 「曲がってても美人だよ」 「親戚の中にはあまり居ないが、ぼくだって頭が禿げ上がるかもしれない」 「禁欲的で逆に萌えるし」 「痩せていればいいけれど、年を取ってから太るタイプかもしれないよね」 「抱いた時の抱き心地が良いからおれ的には全然OK」 打って返すように言う進藤に、ぼくは思わず笑ってしまった。 「なんだよ?」 憮然とした顔に微笑んで言う。 「今キミが言ったことが、そのままそっくりぼくの答えだ。年を取れば確かに衰えて行くだろうけれ ど、それでもぼくはその一つ一つの過程を全て愛しく感じると思う。皺が寄っても髪が無くなっても、 太っても痩せても腰が曲がっても、それを魅力としか感じないと思うよ」 何歳のキミもきっと素敵だ。愛していると付け加えたら、進藤は大きく目を見開いてそれから静か に赤くなった。 「おまえ……馬鹿だなあ」 「馬鹿で結構。キミだって同じだろう?」 「ん」 でも、他の全てを忘れてもおまえのことだけは絶対に忘れたくないから、頭だけはクリアに保てる ように努力すると進藤がぼくの手を握り至極真面目な顔で言うので、ぼくは少し泣きそうな気分に なりながら、その時は全力で思い出させてあげると彼に約束したのだった。 |
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