塔矢アキラ誕生祭16参加作品






最高に嬉しい贈り物



ずっと前に一度だけ教えた。

けれどその後話題になったことも無く、だからきっと覚えていないだろうと思った。





誕生日当日、ぼくは行く先々でお祝いの言葉とプレゼントを貰った。


「塔矢くん、おめでとう。これからも頑張って精進し、ぜひお父様のような立派な棋士になって下さい」

「若先生おめでとうございます。ご活躍いつも楽しみにしていますから」

「アキラくんおめでとう!」

『アキラー、お誕生日おめでとう。今度会った時プレゼント渡すからねぇ』

父の知り合いや碁会所のお客さん、市河さんや週間碁の古瀬村さん。

兄弟子である芦原さんからは朝一番におめでとうのメールが届いた。


碁会所には少し立ち寄っただけだったけれど、市河さんはちゃんとバースデーケーキを用意してくれていて、
ぼくは恐縮しつつも有り難く、皆と一緒に切り分けたケーキを頂いた。




「若先生、本因坊リーグでは、あのクソ生意気な進藤を徹底的にやっつけて下さいよ」

「もう、北島さんたらいつもそればっかり」

市河さんが呆れたようにため息をつく。

実は少し前、進藤は予選を勝ち抜いて初めてリーグ入りを果たしたのだ。

別にそれを鼻に掛けることは無いけれど、ぼく贔屓の北島さんは気に入らないらしい。


「初めてリーグ入りしたくらいで常連の若先生と並んだような気になっちゃ困るからな」

「安心して下さい、そんなに易々と勝たせるつもりはありませんから」


そう言いつつも脳裏を彼の戦績が過ぎる。

進藤は毎年着々と勝ちを積み重ねて来ていて、やがてどのリーグ戦でも常連になるだろうことは誰の目にも
明かだった。

(いつか決勝で戦えたらいいな)

もちろんその決勝は挑戦者決定戦の、では無くタイトルホルダーと挑戦者としての決勝だ。

遠く無い未来そうなって欲しい、否、必ずなるであろうと考えると、胸のずっと奥が熱くなるような気がする。






「それじゃ、もう行きます。ご馳走様でした」

「気をつけてね。また時間がある時には顔を見せてちょうだい」

「はい」

「若先生、お気をつけて」


名残惜しそうな碁会所の皆に見送られ、最後に向かったのが棋院だったのだが、ロビーに入った所で古瀬村
さんに捕まった。


「いやあ、ちょうど良かったよ。実は塔矢くんに取材したいと思っていてさぁ」

「なんですか? コラムの記事なら先日送ったはずですが」

「ああ、うん、届いてる届いてる。今日はそれじゃなくて、若手トップの抱負というか、これからの一年の抱負
とか聞かせて欲しくて」


今日誕生日でしょうと言われて苦笑した。あまりにも今日という日がなんでもかんでも誕生日だったので可笑し
くなってしまったのだ。


「いいですよ、でもそんな大それた抱負とかはありませんけど」

「いいよいいよ、なんでもいいから聞かせて」


それじゃと記者室に向かうべく、エレベーターに乗り込もうとした時だった。


「あー! ちょっと待って乗ります、乗ります!」


バタバタと駆けてきて一緒に入って来た者があった。


「進藤? なんだ騒がしいな」


進藤ヒカルだった。

両手にスーパーの袋らしい物を提げた進藤が息を切らせて乗り込んで来たのだ。


「悪いっ、ちょっと今和谷と競争しててさ」


叩くように閉じるのボタンを押す。


「競争?」

「そ、買い出しからどっちが先に戻れるかって」


上昇するエレベーターの中で進藤ははあと大きく息をついた。

要はコンビニから二人してダッシュして来たらしい。


「負けると次の手合いの時昼飯奢らなきゃなんだよ」

「それは」


大変だねと素直に言おうと思った時に古瀬村さんが失笑したように笑った。


「進藤くんは暢気だなあ」

「は?」

「暢気って言うか無邪気って言うか、とても塔矢くんと同い年とは思えないな。そんなんで今度のリーグ戦
大丈夫なの?」

「大丈夫だよ、それとこれとは関係無いだろ」


ふて腐れたように言って、それから気がついたように言う。

「塔矢何? 取材?」

「そ、今日は塔矢くんのたん―」

「そうだよ、取材なんだ、キミは森下先生の研究会か?」

「そ。いつもの曜日に出来無くて今日になったんだ」

「へえ」


古瀬村さんの言葉を遮ったのは彼に気を遣わせたくなかったからだ。

ぼくは贈り物が一杯入った紙袋を下げている。

誕生日だと知れればそれが何かは解るはずで、話の流れで古瀬村さんは祝ってやったのかと進藤にも
尋ねそうだったからだ。

近いようで遠い。遠いようで近い。

ぼく達の関係はとても微妙で、だからこそ、こんなことで変に彼に気を遣って欲しくは無かった。


「まあのんびりやってるからさ、おまえも用事終わったら来たら…って無理か」


少なくともぼくにはそういう意識は無いのだが、進藤から聞くには森下先生は塔矢門下をライバル視していて
毛嫌いしているらしい。


「…また今度、機会があれば伺わせてもらうよ」

「そうだな、弁当の数も足りないし」


スーパーの袋の中に手を入れてごそごそと探っている進藤に、ぼくはほっとしつつ一抹の寂しさも感じた。

改めて教えていないのだから無理は無いのだけれど、やはり彼はぼくの誕生日を覚えていないのだなと思
ったからだ。


(別に何か貰いたいわけじゃない)


ただ、知っていてくれたら嬉しかったとそれだけだった。


(でも仕方無い)


無いものねだりをするのは浅ましいことだと自分で自分に言い聞かせ、「頑張って」と言う。


「また時間が合うようなら碁会所で待ち合わせよう」

「ん。そうだな」


そしてエレベーターが五階に着き、ぼくと古瀬村さんは下りようとした。

その刹那、ふいに進藤がぼくの右耳に顔を寄せてぼそりとひとこと言ったのだった。

「誕生日おめでとう」


えっと振り返ろうとした時に右手に何か小さい物を握らされる。


「じゃーな! またな!」


呆気に取られた顔のままぼくが振り返った時には彼は既に閉じたドアの向こうだった。


「ん? どうかしたの?」


古瀬村さんに尋ねられていいえと首を横に振る。

記者室で取材の準備がなされている間、ぼくはパイプ椅子に座りながらそっと右手を開いて見てみた。

ころりと出て来たのはチロルチョコが一つで、思わずバレンタインデーかとツッコミたくなった。


(でも)


覚えていてくれた。

進藤はぼくの誕生日をちゃんと覚えていてくれたのだと、そのことが波のように心に押し寄せて嬉しい。





あの時は会う予定じゃ無かったから焦ったと、後日進藤からはきちんとラッピングされたプレゼントを
貰ったけれど、あの日貰ったチロルチョコがぼくにとっては一番輝き、最高に嬉しい贈り物だった。






今年も誕生祭の開催、ありがとうございます。

去年は30歳ということで、早いなあと感慨に耽ったものですが
あっという間にもう31歳とは!
でもアキラは何歳になっても美しく凛々しいと思います。


ヒカルと永遠仲良くね!

サイト内には他にも色々ありますので、(ヒカアキ)よろしければそちらも見てみてやってください。


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