サプライズが過ぎる
「ハッピー、メリー、誕生日おめでとうっ!」 パンとクラッカーを鳴らしてぼくを出迎えた進藤は、そのままばたりと倒れ伏した。 一瞬これも何かの演出なのだろうかと思ってしまったぼくは、ぴくりとも動かない彼に慌てて靴を脱ぎ捨てて玄関を上がった。 二週間の海外での棋戦から帰宅した日の出来事。奇しくもその日はぼくの誕生日だった。 「だから、そんな大したことないと思ってたんだって」 病院のベッドの上で点滴を受けながら、進藤が叱られた犬のような顔でぼくを見る。 「大したこと無いだと? キミ、肺炎を起こしかけていたんだぞ」 救急車を呼んで運ばれた病院で、進藤が風邪をこじらせていること、四十℃を超える高熱で、動けていたのが不思議な くらいだと言われた。 その場で即入院、ぼくは関係各所に連絡し、気が付けば誕生日は終わっていた。 帰ること無くその晩は付き添い、ようやく熱が下がった翌朝に家に帰ってぼくは大きくため息をついた。 (あの熱でよく・・・) ダイニングテーブルの上にはご馳走が並んでいた。 綺麗にセッティングされたそれらが全て無駄になってしまったことが悲しい。 ほぼ全ての物を廃棄して、鍋にあったシチューは鍋ごと冷蔵庫に仕舞った。捨てるにしても、手間がかかりそうだったか らだ。 「ケーキは・・・」 ダメかな、ダメだろうなと思いつつ、これもまた冷蔵庫に仕舞う。 あんなに熱がありながら買い物に行き、料理を作った。よく出来たものだと感心する。 「大したことないだと? キミ、ずっと体調が悪かったそうじゃないか」 連絡した際に和谷くんに聞いた。『マジで顔色悪いし、咳き込んでメシも食えないし、大丈夫かと思ってたんだ』と。 「だって予防注射したからインフルじゃないし、ちょっと熱っぽかったけどそれほど気分も悪く無かったし」 他人に移さないよう常にマスクをつけていたことだけは褒めてやりたいが、馬鹿だ、あまりにも馬鹿過ぎる。 「予防接種してもインフルエンザになることもある。それにあそこまで熱が高ければ動悸とか息苦しさも相当あったんじゃ ないか?」 「おまえが帰って来る嬉しさでドキドキしてるのかと思って」 けろりと言われて殴ってやりたくなるのをぐっと堪える。 「とにかく、キミは最低でも一週間から二週間は入院。どれだけ皆に迷惑をかけているのか、考えて反省しろ」 「えー! もしかしてクリスマスもこのまんま?」 「クリスマスどころか年末年始もこのままの可能性もあることを忘れるな!」 はーと、さすがに事の重大さを理解したらしく、進藤は大きくため息をついて目を閉じた。 少し下がったとは言え、まだ熱は続いている。 肺の影も消えていないし、呼吸はぜろぜろ言っている。 馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ、本当に馬鹿だと心の中で罵倒する。 「せっかくサプライズ色々考えていたんだけどな」 「帰って来て目の前で倒れられてみろ、これ以上のサプライズがどこにある。心臓が止まるかと思ったぞ」 「・・・ごめんな」 随分しばらくして進藤がしおらしい声でぽつりとつぶやく。 「おまえも帰って来たばっかで疲れてたのに色々やらせちゃって本当にごめん。何が誕生日だ、サプライズだ、だよ なあ」 「いいよ、おかげでぼくはしばらくゆっくり出来そうだし」 「え? でもパーティーとか取材とかあるだろ」 ぼくが海外に行っていたのは棋聖戦の決勝のためだ。 棋戦は稀に海外で行われる場合もある。 無事にタイトルを守り、簡単な祝賀パーティーは向こうで済ませた。 改めて日本でもあるはずだったけれど無理を言って年明けに予定を変えて貰った。 「取材は電話でもネットでも出来るし、ここの喫茶コーナーでも出来ないことは無いし」 「そんな我儘良く・・・」 「それは家族が重篤で入院しているんだからね」 ぼくの言葉に進藤が目を見開く。 「え? は?」 入院が決まった後、片付けと必要な物を取りに帰宅したぼくは寝室に隠してあったプレゼントと一枚の書類を見つけた。 それは指輪と、彼との養子縁組のための申し込みの書類だった。 「時間が無かったから、来る途中でさっさと提出しておいた。指輪はマリッジリングかな? 有難くつけさせてもらっている からと左手を持ち上げて見せたら進藤はなんとも情けない顔になった。 「おれの・・・一世一代の決心とサプライズが・・・」 「おかげでぼくは『家族の入院』という大義名分でキミの傍にいることが出来る。有難いプレゼントだったよ」 一瞬、本当に一瞬躊躇いはした。でも書類を提出することには驚くほど迷いは無かった。 「このままもしキミに死なれたりしたらぼくは蚊帳の外だからね。そうそう、今日キミのお母さんがお見舞いに来るそうだ から直接説明したらいいよ」 彼は一応自分の両親にもぼくの両親にも話を通していたらしい。ただ完全な了解を得たわけでは無かったらしく、電話の 向こうで彼のお母さんは養子縁組が成立したことに対して、微かに動揺している気配があった。 海外にいるぼくの両親と違い、同じ国内にいるのにも関わらずすぐにかけつけて来なかった理由もそこにある。 「はぁ? マジで? 死にそうな病人にそこまでさせる?」 「ぼくを驚かせた罰だ、それと、死ぬ程心配させた罰」 これから一生かけて償ってもらうよと言ったら進藤はきょとんとした顔になって、それから「お、おう!」と頼りない返事を してきたので、ぼくは笑った。 なんだかんだ怒涛のようであったし、まだ色々ありそうだけれど、三十三歳の誕生日は中々良い誕生日だったと思いながら。 終 |
アキラももう三十三歳。信じられないですね。
もうしっかりとした落ち着いた大人の男性になっているんでしょう。
いつまでもヒカルと幸せに。それだけを心から願っています。
サイト内には他にも色々ありますので、(ヒカアキ)よろしければそちらも見てみてやってください。
2019.12.14 しょうこ
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