Bliss





濡れた髪を指ですくい、滴を舐め取るように口づけをした。

湯上がりの肌はまだ全身に水滴を残し、ほんのりといい香りを漂わせながら全体に
ピンク色に染まっている。


「塔矢?」

呼びかけても返事をしない。
何も纏っていない体は力を失い、おれの腕の中に全てをゆだねている。


さっきまではそれでもまだうつらうつらと意識が残っていたのが、湯から上がり、体を
拭いているうちに完全に眠ってしまったらしい。


少しくらい揺らしても、何をしても目を開かない。

ここまで無防備に預けてしまっていいのかと、つい思ってしまうけれど、おれだから許
しているのだと思ったら愛しさに胸の奥が熱くなった。




12月14日。

十八回目の誕生日であるその日に何が欲しいかと尋ねたら、塔矢は何もいらないと
言った。


「別に不足している物は無いし、今、欲しいと思っている物も無いから」

ただ、もしキミの都合がつくようならキミと一緒にいたいなと、少しはにかみながら言う
ので、かわいくてたまらなくなった。


「なに? マジでなんにもないの? じゃあ何かして欲しいことは無い? おれなんでも
おまえがして欲しいことしてやるよ」


前は甘えるようなことは何一つ言わず、何をねだることもしなかったのが最近は少しだ
けそれに近いことをしてくれるようになったのでおれは嬉しかった。


「一日中、朝から晩まで打っていてもいいし、なんでも言うことを聞いてやるよ」
「…じゃあ、キミがしたいことをぼくにして欲しいかな」


えっと、思ったのはそこが昼日中のカフェで、もちろんあいつがそんなことを言うことなん
て思いもしなかったからだ。


「え…いや、ちょっと…待て」

おれの勘違いかもしれないから、もう一度言ってと言ったら、恥ずかしくなったのだろう、
微かに頬を染めながらあいつは小さな声でゆっくりと、おれの耳元に囁くように言った。


「誕生日は、キミがしたいと思うことをぼくにして欲しい」
「なんで? おれの誕生日じゃないんだぜ? おまえの誕生日なのに」


少し焦りながら言うと、あいつは薄く微笑んだ。

「キミが嬉しいとぼくも嬉しいんだよ」

キミが幸せそうだとぼくも幸せな気持ちになるし、キミが嬉しそうだとぼくも嬉しいんだ
とあいつは目を伏せながらそう言った。


キミが感じている時はぼくはそれ以上に感じるし、キミがイイと思えばぼくはもっとイイと、
これはさすがに聞こえるか聞こえないかくらい声を落とした言葉だったけれど。


「だから、したいなら思い切り…して欲しい」

我慢したり、押さえたりしなくていいから、ぼくを好きにして欲しいんだよと言われて、脳
天から一気に下に響くような気がした。


「や…でも…うん」
「キミが嫌なら、早碁でもいいけど」


それでもまだためらっていたら、何をどう誤解したのかそんなことを言い出したので、お
れは慌てて「そうさせていただきマス」と言ったのだった。



そして―。

最初はそれでも加減をしていたのが、途中からは完全にキレてしまった。

「思い切り」
「したいように」
「キミの好きなように」と繰り返されて、頭にすっかり血が上ってしまったのだ。


途中、何回かあいつは気を失ってしまって、それでもおれは止めなかった。

抱いている体が力を失っても、悲鳴をあげながらあいつが涙を流しても、そこで止め
るということがもはや出来なくなってしまった。



愛してる
愛してる
愛シテル
アイシテル
アイシテル



譫言のように繰り返しながら、おれは何度も何度も何度も何度もあいつの中で果てた。

普段は気をつけている全てのことが吹っ飛んでしまうくらい、あいつはエロくてキレイ
だった。


求めても求めても足りないくらいにキレイでしなやかで、おれをくわえこんで離さない
その体に燃えた。



「―塔矢」

何時間たったかわからないくらい繰り返して、それからようやく正気に返り、ぐったりと
した体を抱きしめたら、あいつはそっと腕をまわしておれを抱き返してきた。


「すごく…良かった」

嘘だろう? と尋ねるのに、緩く頭を振って「すごく、気持ちがよかった」とあいつはつぶ
やくように言った。


「キミがぼくをどんなふうに愛してくれているのかよくわかって…嬉しかったよ」

こんなに愛してくれてありがとうと、幸せそうに微笑まれて、思わず泣きそうになってし
まった。



余程キツかったのだろう、塔矢はもうそのまま眠ってしまいそうだったのだけれど、中
で出してしまったし、体中汚れてしまっているしということで抱いて風呂まで連れて行
った。


ためてあった湯を追い炊きにして、抱いたまま全身を洗う。
手も足も胸も腰も洗い、中も指でキレイにしてやった。


「…そんなに…してくれなくても大丈夫…だから」
後でシャワーを浴びるからと言うのを「いいから」と黙らせる。


「いいから洗わせて。おまえの体、洗うのおれ好きなんだ」
「そう?」


そうでなくてもお前、誕生日様なんだから、少しはおれにご奉仕させてよと言ったらあ
いつは声には出さず、でも微かに笑った。


「…うん、じゃあお願い」

柔らかい体は蜜の匂いがする。

なめらかで指がすいつくようで、思わずもう一度食らいたくなったけれど、そんなことを
したら本当にこいつを壊してしまうと理性で止まった。


髪を洗い、湯船に浸かって温まってから風呂を出る。

あいつはもう本当に体の全てをおれに預けてしまっていて、話しかけてもまともな返
事が返らなくなってきていた。


「寒くない?」

バスタオルでくるみながら言うと、うんと小さくつぶやいて、でもその後は完全に沈没し
てしまった。


すう、すうと穏やかな寝息が静かな部屋の中に響いて、なんだかそれはおれの心ま
で静かに落ち着かせていった。



「塔矢」

濡れた髪をすくいあげて口づける。

あんなに激しくしなければよかったと思いながら、でも嬉しかったと言ってくれたこいつ
の気持ちも本当なんだろうと思った。


嘘はいらないと。
本当のことしか欲しくは無いのだと。


だから手加減も何もなく、本能のままで愛したことを本当に喜んでくれたのだと思ったら、
堪えていた愛しさが溢れて、涙がこぼれた。


「愛してる」

もう何度も耳たこになるくらい言っていると思うけれど、言わずにはいられなくて眠ってい
る顔に囁いた。


「愛してる、塔矢」

力の無い腕を取り上げて口づけながら言う。

「大好き」

肩に首筋に頬に鼻筋に、そっとキスを降らせながら囁く。

「おまえのことが死ぬほど好き」

この手がおれに触れ
この目がおれを見る。
この唇が愛を囁き、吐息はおれの全てを溶かす。


(塔矢のいない世界なんて考えられない)

こんなにも愛している相手が、同じくらいの深さで自分を愛してくれるなんて、自分は世界
一運がいい男なんじゃないだろうかと思った。


(おまえがこの世に生まれてきてくれてよかった)

「本当に…よかった」

誰に向かって礼を言えば良いのかわからなかったけれど、塔矢とおれを出逢わせてくれ
た何かに心から感謝したくなった。


「おれ、一生おまえのこと大切にする」

大事にして一生離さないと。

柔らかな唇にキスをすると、眠っていたはずの腕がおれの首にまわされて、それから微
かな声が甘くつぶやいた。


「ぼくも…ぼくもキミのことを一生大切にするよ」

薄く開いた目がおれを見て花のように笑う。

「だってぼくは神様からキミをもらったんだから」

素晴らしい贈り物だったよと、そして塔矢はそれだけを言うと、おれの顔を赤く染めたまま、
また気持ち良さそうに眠りに落ちていったのだった。





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