百年プリント





これで何回目になるのだろうかと、ロウソクの数を聞かれた時に思った。

初めて出会ってから十年。
向かい合って打つようになって八年。
恋人になってからは五年で、結婚してからは三年たつ。


そのどれもを共に祝ったわけでは無いけれど、年を重ねるごとに距離が縮まり、
共にいることが多くなったのは確かだった。





「初めて一緒に過ごした誕生日、確かキミはぼくにハンバーガーをおごってくれたよ」

いつから一緒に誕生日を祝うようになったか覚えているかと、家に帰り尋ねてみたら、
塔矢はおれのスーツをハンガーにかけながらくすりと笑ってそう言った。


「他に昼を食べる相手がいなくて、仕方なくキミはぼくを食事に付き合わせたんだ」


『おまえが対局中に食べないの知ってっけどさ、一人で食べんのってなんかつまん
ねーんだよ』


「和谷くんがいないから代わりに付き合えって、随分かわいいことを言うなあと思った
けど」
「あー…覚えてる。おまえすげー嫌そうな顔して『蕎麦なら』って言ったんだよな」
「でも、いつも行く蕎麦屋が休みで…」


仕方なく駅前まで行って、おれが仲間達とよく行くファーストフード店に入ったのだった。

『おまえ何食べる? なんでも奢ってやっから言えよ』
『いいよ、自分で食べるものは自分で払う』



「…あの頃からおまえ、意地っ張りだったよなぁ」
「だって、キミに奢られる謂われは無かったからね」


今でも覚えている。頼んだのはベーコンレタスバーガーと、紅茶とサラダ。

ファーストフードは嫌いで、脂っこいものは嫌いで、だから少しでも野菜が多いものが
いいと言うリクエストにおれが選んでやったのだ。


「キミは、確かチーズバーガーとポテトと鳥のフライみたいなのを頼んでたよね」

それからコーラと苦笑しながら塔矢は言う。

「なんて非道い食生活だろうって思ったよ」
「でも今はちゃんとバランスよく食べてるだろ? 朝も抜かずに野菜もたくさん食べてる」
「それはぼくがそうさせているからだよ」



結婚して最初に色々と二人で決めた約束事の中に、これからは栄養のバランスを考え
て食事をすることというのを塔矢は真っ先に入れた。


だってぼくはキミがいなければもう生きていけないんだから、長生きしてくれないと困ると
は、今世紀最大の殺し文句だったと思うのだけれど。


「母さんも喜んでる。今まで何言っても食べなかったおれが、ちゃんと野菜食べてるって」
「そう?」


今までどんなに口を酸っぱくして言っても不規則な生活を改めなかった息子が、結婚を
機にちゃんと食卓につくようになったことに母親は複雑な思いを抱きながら、でも喜んで
いるらしい。


「本当にいいお嫁さんをもらったって、いつも言ってるよ」
「おだてたって別に何も出ないけどね」


照れくさいのか褒め言葉をさらりと流すと、塔矢はハンガーを壁のフックにかけて、その
まま部屋を出て行こうとした。


「じゃあ…すぐ食事になるから」
「って、ダメだろ?こっち…戻ってきて」
「でも…ケーキの箱出しっぱなしで来ちゃったし」


クリームが溶けると言うのを軽く睨んで黙らせる。

「いーから! そんなの母さんが冷蔵庫に入れてくれてるって」

どうしてこう結婚して何年もたつのに恥ずかしがるのだろうかと思う。

「おいでって、こら、来いっ。一年に一回くらい、てーしゅの言うこと聞けよ」
「ぼくたちは男同士だから、別にどっちが夫ってことは―」
「あーっ、もうわかったっ! おまえの最愛の人が呼んでるんだからこっち来いっ!」


しつこく促すと、塔矢はエプロンをつけたままの姿でくるりとこちらを向いて、それからゆっ
くりとおれの所に戻ってきた。


「―顔上げて?」

毎年、毎年、誕生日には必ずしていることなのに、塔矢はいつも初めての時のように顔を
赤く染める。


「おまえの顔、よく見たいから。顔―上げて?」
「……ん」


顎に指をかけて持ち上げると、赤い顔は更に真っ赤になっておれからついと目をそらした。

「はい、ちゃんとこっち見るー。目線こっちにください。塔矢六段」

取材時のように言うと、くすっと笑い、それからあいつはようやくおれの顔をまっすぐに見た。

「誕生日おめでとう」

言って額にキスをすると、塔矢はくすぐったそうに目を閉じた。

「去年のおまえも大好きだけど、これからのおまえももっと好き」

耳元で囁いてから滑らせるようにキスをする。

「これからもずっとずっと永遠に、おまえのこと愛してる」

ためらうような唇をこじ開けて舌を絡ませると、おずおずとした腕がおれの背にまわされた。

「愛してる。大好き、塔矢」
「…ありがとう」




恋人になって初めての誕生日、何が欲しいかと聞いたら、塔矢は何もいらないと答えた。

ぼくの欲しいものはキミだから、キミ以外何もいらないと。

『ただ、もし出来るなら誕生日にはキミといたい』

そして、もしも叶えられるものならば、今好きだと言ってくれたように誕生日にはぼくのこと
をいつも好きだと言って欲しいと。


そんなことでいいのかと、笑ってしまったのだけれど。

『そんなことって…ぼくは今キミに、ずっとぼくを好きでいて欲しいって言ったんだよ?』

ぼくだけを好きでいてと、神様のバチが当たりそうなことを言ったんだと、目を伏せて言わ
れた時に全身が燃えるように熱くなったのを覚えている。


ずっと、ずっと塔矢のことを好きだったけれど、あの一言で決心がついたようなそんな気がする。

男同士だからとか、家のこととか家族のこととか、もしバレたらもう棋士でいられなくなるんじゃ
ないかとか、そういう色々なことがあの一言で吹っ切れたような、そんな気がしたのだった。




「…こんなに独占欲が激しくて恥ずかしい」

長い、長いキスをした後に、塔矢は少し息を荒くしながらおれに抱きついた。

「キミと結婚して、同じ家にいて、毎年素敵なプレゼントをもらって…もう何年になるだろうね?
 でもまだちっとも気持ちが褪せない」


初めてキミに言ってもらった時と同じに、キミが好きでたまらないし、キミにはぼくだけを見てい
て欲しいと思ってしまうと。


「そんなん褪せたらおれが困る」
「褪せないよ、きっと」


一生、死ぬまでぼくはキミのことしか考えられないよと言われて、思わずもう一度キスをしてしま
った。


「おれも絶対に褪せない」

何年、何十年、何百年たっても、おまえのことだけが好きだよと、言いながらキスをすると塔矢は
ひそやかに、でも幸せそうな笑い声をあげた。



「…一つだけ聞いてもいいかな?」
「なに?」
「あの日、本当に他に昼を食べる相手がいなかったのか?」


問うような視線に今度はおれの頬が赤く染まった。

「なんだよ今頃」
「今頃ってそもそもキミが思い出させたんじゃないか」


促すように言って塔矢はおれを見つめ続ける。

「ずっと聞いてみたかったんだ。あの時は本当にキミは他に誘う人がいなかったのかなって」
「それってそんなに重要?」
「重要だよ。偶然か故意だったのかそれだけが知りたい」


こんなことを聞く時でもこいつはまっすぐなんだなあと思いながら、でもそれでも聞くまでに、こ
んなに年数がかかってしまったのかと思ったら、本当に可愛いなぁと愛しさがこみ上げた。


「…偶然じゃないよ。ほんとは他にもいたんだけどさ」

おまえのこと誘うチャンスをずっと狙ってたからと、ぼそぼそとおれが言ったら塔矢は息を吐いて
それからおれの胸に顔を埋めた。


「そうか…ぼくはハメられたのか」
「怒ってんの?」
「まさか」


すり寄せられる頬のぬくもりが心地良い。

「喜んでいるんだよ。だってそれはキミが」

キミがあの頃からぼくのことを好きでいてくれたってことだからねと、そしてつぶやくように
故意で良かったと言った。


「本当に…良かった」

違うとわかっているのに、それはおれの耳に恋で良かったと響いた。


「塔矢、好き」

髪にくちづけると、塔矢もおれをぎゅっと抱き返した。

「ぼくだってキミが好きだ。最初からずっと好きだったよ」

だからあの時本当は、誘ってくれてすごく嬉しかったのだと、囁かれて嬉しさに死ぬかと
思った。


「これからもずっと」

その先が言えなくて、消え入るように小さくなる声の続きを促して聞く。

「ずっとぼくを―好きでいてくれたら嬉しい」


最初の時の気持ちのまま、変わらずにぼくを好きでいて欲しいと。

「だってぼくの好きはこれからもきっと変わらないから」
「そんなんおれだって!」



きっと、きっと変わらない。

色褪せず、変わらずにずっとおまえを好きでいる。



終わることの無い至福の。

それはおれとあいつにとってただ一つの―永遠の恋だった。




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