刻む花びら



冷ややかな氷の花かと思ったら、その中身は火傷する程熱かった。

初めて結ばれたのは12月。

誕生日だからと遊びに行ったあいつの家で、おれたちは互いの深くまでを知り合った。


『―いいよ』
『キミの好きにしていい』


思わず触れた指を拒むことなくそう言われたのにも驚いたけれど、それよりもあいつの
中の熱さに驚いた。


人の体がこんなにも熱いとは知らなかったし、繋がるということがこんなにも気持ちの良
いことだとも知らなかった。


それまで思うことが無かったとは言わないけれど、現実は想像よりずっと激しく熱かった。

『…進藤』
『何?』
『進藤』
『何? 痛い?』
『違うけど…でも』


わからないけれど呼ばずにはいられないと、あいつはおれを見つめたまま、瞬きもせずに
泣いていた。


『ぼくは忘れない』

きっと今日のことは一生忘れないよと、それはもしかしたら一夜限りのことかもしれないと、
そんな気持ちもあってのことからだったのかもしれない。


だっておれ達はまだほんの子どもで、それでも自分達の幼い恋を続けることがどんなに難
しいことなのかだけはよくわかっていたから。


『でもキミが好きだ』

ぼくはきっとキミしか好きにはなれないと思うと、おれもまた同じ思いだったので、切なくて
苦しくて涙が出た。


あの時の塔矢のまだ華奢な体。

どことなく中性的だった日に焼けていない白い肌。

月明かりの下で見たあいつの体と流された涙は本当に美しくて、それからずっと―今でも
忘れられないでいるのだった。






「……何してるんだ?」

ぼんやりと布団の上に座り込みながら、指で背中をなぞっていたら、眠っているとばかり思
っていた塔矢がふいに顔をこちらに向けた。


「さっきからずっと…別に文字を書いているというわけでも無いし」
「あー、ごめん。なんとなく、ただ触りたくて」


激しい行為の後のけだるい時間。

肌をなぞるのがあまりに心地よくて、何度も指を走らせていたのだけれど、どうやらくすぐっ
たかったらしい。


「今はさ、おまえの背中のくぼみに沿って花を描いてたんだ」
「なんだ、柄にもなく随分風流じゃないか」


塔矢はそう言って笑ったけれど、人差し指でゆっくりと、肌が少しへこむくらいの強さで花を
描くのは無心にただ、楽しかった。


「花だけ?」
「その前は、碁盤描いて、ちょっと石を置いたりもしてた」


ああやっぱりあれはそうだったのかと、言って目を閉じると、塔矢は再びシーツの上に顔を
横たえた。


「もし本当にそうならば、人の背中で何をしているんだと、ちょっと文句を言ってやろうかと
思ってた」
「悪い、だっておまえ寝てるんだと思っていたから」


起きていたらしなかったよと言ったら塔矢は苦笑のように笑って、いや別にしてくれてかま
わないと言った。


「それにしてもおまえって、相変わらず全然日に焼けてないのな」
「夏にほとんど外に出なかったから」


夏、塔矢は棋戦が混んで忙しく確かにほとんどを室内で過ごしていたと思う。でもそれだけ
でなく元々色が白いのだ。


「嫌だな。なまっ白くて情けない」
「そんなこと無い、綺麗だよ」


おれおまえの背中大好きと、つと再び指でなぞったらびくりと肌が大きく震えた。

「…白くて綺麗だなんて、褒め言葉じゃないよ」
「でも、それでも綺麗だから」


初めて抱いたあの時よりも塔矢はずっと背が伸びて体つきもしっかりとしたものに変ってい
る。でもそれでもそこらの男よりはずっと薄いし、やはり少し華奢なのだった。



「なんか…彫り師の気持ちがちょっとわかるような気がするな」
「え?」
「いや、もしおれが彫り師で、こんな背中見てたら彫りたくなるかもしれないなって」


それは本当に唐突に頭に浮かんだことだった。

この滑らかな肌に傷をつけるなんてとんでもないことだと思うけれど、逆に消えない傷をつ
けてみたいとも思ってしまう。


「おまえはおれのものだって、何かそういう印をこの肌に刻んでみたい」

消えない印をつけたくなるんだと、そう思ってしまうおれはもしかしたら変態なのかもしれな
いけれど。



「…つければいい」

しばらくして塔矢がそう言った。ぽつりとした声だった。

「刺青でもなんでも、キミがもしぼくに入れたいと思うなら、ぼくはいつでもその通りにする
よ」
「そんな、今のはただの例え話だってば」
「例え話でもなんでも、キミがしたいと言うならばしてもいいんだってそういうことだよ」


だってキミの全てがぼくのものなように、ぼくの全てもキミのものなのだからねと、少しだけ
身を起こして言うその顔は非道く艶めかしかった。


「なんだったら今すぐ刻んでくれてもいいんだよ?」
「刻むって……刺青なんか」
「他にも刻む方法はあるだろう」


言って心持ち足を開いたのでおれの頬は赤く染まった。

「さっきヤッたばっかりじゃん」
「あれくらいじゃまだ全然足りない」


それともキミは足りたのかと言われて更に顔は赤くなった。

「いや、全然。そうだな。まだ全然足りてないよ」
「ぼくも全然足りていない。確か今日はぼくの欲しい物をなんでもくれるって言っていなか
ったか?」


抱き合った最初は12月13日だった。

けれど今は時計の針は行為の間に日にちを越えていて、今は12月14日になっている。
紛れもない塔矢の誕生日だった。


「だったら精々欲しいものでぼくを充分に満たしてもらおうか」
「…すっかりえっちになっちゃって」


その昔、抱き合うだけでもその肌は震えていた。いけないことをしているのだと、先の見
えない恐ろしさに交わることを罪だと思うこともあった。


「…キミがぼくを変えたんだ」

悪いかと言うその顔は、その頃の塔矢とは変っていた。堂々として自信に満ち、底には
確かな覚悟があった。


何があっても絶対におれと別れ無いと言う――。

(それまでに随分あったけど)

思い出す色々は、愛しさに胸の熱くなる出来事もあれば、痛さのあまり顔をしかめたく
なる出来事もある。


でもそれでもおれ達は別れずにそれらを乗り越えて来たのだ。

「…悪いなんて言ってないじゃん」

むしろ最高、大好きだと、言っておれは塔矢の剥き出しの背中に口づけた。

「エロいの最高。自分から誘ってくれるおまえも最高っ」

そして強く肌を吸ったら、塔矢は細かく肩を震わせて、それから喉の奥で呻くように
言った。


「―ぼくもキミが大好きだ」

一生キミしか愛せないと、それはずっと昔に言われたのと同じ言葉だった。

「この一ヶ月、ずっとキミに会いたかった」
「うん」
「遠目でキミの姿を見て、寝たいといつも思っていた」
「うん、おれも―」


おれも塔矢と寝たかった。

忙しい時間をやりくりしてなんとか週に一度は会うようにしているけれど、それでもここ
しばらくは忙しすぎて、満足に抱き合うことも出来なかったから。


「だから絶対に、誕生日にはキミをもらおうって思ってた」

こんなにも飢えてしまったこの体をキミで満たしてもらおうと思っていたんだよと、熱っ
ぽい声で言われておれも震えた。


「ぼくは物なんか何も欲しく無い。キミだけだ。ぼくを貫くキミの熱を深く感じたいだけだ」
「塔矢―」


だから早く満たしてくれと更に大きく足を開かれ、誘うように腰を浮かされて衝動的に腰
を抱える。


「もう、挿れちゃっていいん?」
「いいよ」
「おまえの中、溢れるほどぶちまけちゃってもいい?」
「―いいよ」


キミの好きにしてくれと、のけぞる背中に舌を這わせた。

「足りるまで、ずっと…ぼくも離さないから」

だからキミも離れるなと、すり寄せられて肌が燃えた。

「好き―塔矢」

初めて寝たあの夜から、いやそのずっとずっと前からおれにはおまえだけしか居ないん
だと、さんざん舐めて震わせてから耳元に囁いた。


「刻んでやる―深く」

来年も、再来年もその次の年も。

肌に残り、体に残り、離れたくても離れられなくなる程に、おまえの奥の一番深くまでお
れの印をつけてやると、言って背中を軽く噛み、おれは熱く解けるその場所に自分の
モノを押し当てると、それから一気に貫いたのだった。




※すみません、アキラの誕生日なのにどちらかといえばヒカルの方がいい思いをしているような気がします。
この話は塔矢アキラ誕生祭の話とお対になっています。気持ちお対(苦笑)2006.12.14 しょうこ