PRESENTED BY SHOKO


メールでポン!



昼休み、メシ食い終わった後の手持ちぶさたにメールを打ってみる。

『おれのこと好き?』

あいつなにしてんのかわかんないし、もしかして出掛けてたらすぐには返事来ないかもなと思っていたら
着信があった。


見てみたら一言。

『なにを考えてるんだバカ』

なのですぐに『おまえのこと』と打って送り返してやったら、間髪入れずにまた返事が返った。

『キミは今、対局中だろう』

打っている時の眉を寄せた顔まで見えるような気がして、混んだ店内、密かに笑ってしまった。

『今は打ち掛けデス』

チキンバーガー食べてマスと続けて打ったらしばらく返事が来なくて、いい加減呆れたのかと思ったら、ちょっと
時間差で着信があった。


『ぼくも今昼を食べている』

思いがけない返事だったので少し驚く。

『食べ終わったらキミのことを考えながらボクも打つよ』と書いてあって、嬉しいのと、え?一人じゃ無いの?と少々
焦る。


『余計な心配しているかもだから言っておくと、碁会所に来てる。誰かと会っているわけじゃないよ』と追加メールが
来た。


嫉妬深い恋人を持っているのは重々承知しているからねと、あ、こいつ今笑ってやがると電話の向こうの姿を想像
した。


『好きだよ』
『ちゃんと言っておかないと、誰かさんが手合いに集中できないかもしれないからね』
『勝ってくるように!』


連続してメールを入れられて苦笑した。

『負けまシタ』

ついそう送ったら『勝てと言っただろう!』勘違いしたあいつから逆上したメールが返ってきたので、ああこいつ期待を
裏切らない反応だとおかしくておかしくてたまらなくて、思わず笑いながらテーブルを叩いてしまった。


『おまえに負けたと言う意味デス』
『大好き、塔矢』


ちゅーしてもいい?
そう聞いたら、長い長い沈黙の後にやっと携帯に着信があった。


『…勝ったらね』

ちょうど、そこで時間になった。
おれはトレイを持って立ち上がると、片手ですばやく返信をした。


『だから勝つよって!』

ゴミをゴミ箱に突っこんで、トレイを置いて階段を駆け下りる。

外に出た途端ジングルベルが耳に入って、ああそういえば今日ってそうだったよなと思い出す。忘れていたわけでは
ないけれど、なんとなく意識から外れてしまっていた。


(なんか不思議)

ちょっと前まではクリスマスとかすごく大事なことだったような気がするのに、今はどうでもいいことのように思えてしま
う。


(だって、おれにはもっと大事なことがあるから)

勝って、勝ち抜いて早くあいつの隣に並ばないと。

(なにしろ最愛のヒトは、のんびり待ってくれるようなタマじゃないから)

放っておくとどんどん上に行ってしまうよと、人混みの中歩きながら、気がついたらおれは笑っていた。

慌ただしくて、ロマンチックとは縁遠くて、ケーキもツリーもシャンパンも無い。
でもおれってかなり幸せじゃん?とそう思ったからだ。


世間のそれとは少し違うかもしれないけれどこれがおれの―おれたちのクリスマス・イブ。

戦って向き合える、唯一がいるからおれは幸せ。


「メリークリスマス」

ポケットの中の携帯を指でなぞりながら、おれは小さくつぶやくと、午後からの展開を考えながら、棋院への道を急い
だのだった。



というわけでクリスマス企画第3弾。もう一回あるかな?ないかな?20031224





MONSTER GO GO!



「なんだってキミ、今日はそうべたべたくっついてくるんだ」

12月23日、祝日。
塔矢はそう言うと、背中におぶさるように貼り付いてきた進藤の腕をうるさそうに払った。


「そんなふうに体重をかけられたら、重くて本も読めやしない」

「いいじゃん別に、減るもんでもなし」

窘められた進藤は、今度は寝そべるようにして腰にぎゅうと腕をまわしてきている。
もともと触れてくるのが好きなタイプだとはいえ、今日は鬱陶しいくらいで、やりすぎだと思う。


「なに? また何か悪い夢でも見た?」

べたべたが、起きた辺りからだったので塔矢はそう聞いてみた。
前にも一度、悪い夢を見たとかで、同じようにくっついて離れないことがあったからだ。


「んー、まあ、そう」

かわすかと思ったのに、案外素直に進藤は言った。

「じゃあ言ってしまえばいい。言えば悪い夢は現実にはならないんだから」

前の時にも言ったことをまた繰り返す。

「なに? ぼくが死んだ夢でも見た?」
「まさか! うわあ、おまえおっかないこと言うなあ」


塔矢の言葉に進藤は跳ね起きて、それからぼりぼりと頭をかいてから夢の話をしはじめた。

「なんかさあ、ゴジラみたいのが出るんだよ」
「ゴジラ?」


いきなり予想外な言葉が飛び出して驚く。

「ん。ちょうど棋院の後ろのビルぐらいん所にいきなり出てきてさぁ、おれら手合いの途中なんだけど
みんなであの坂を駅の向こうまで一気に逃げんの」


川を渡り、公園の辺りまで逃げて、ふと気がついた時塔矢がいなかったのだと進藤は言った。

「和谷も伊角さんも緒方さんも桑原センセイもみーんないんのに、なんでかおまえだけいなくって、な
んでいないんだろうって思ってら塔矢先生が…」
「お父さんが?」


これまた予想外なことに塔矢が少し驚いて尋ねると、「うん、そう」と進藤は言った。

「塔矢先生が、まだゴジラがいて、炎で真っ赤になっちゃっている辺りを指さして言うんだよ『アキラは
あそこに残ると言っている。どうしてキミはここにいるんだね』って」


言われた瞬間に、本当にどうして自分はここにいるんだろうと思ったと進藤は言った。

「だってさあ、もうそっちにはいけねぇんだよ。自衛隊だかなんだか知らないけど、軍隊みたいなのが出
てきちゃって橋がもう封鎖されちゃってて、行きたくても行けなくて」


なんとかして行こうと道を探している間に目が覚めたのだと進藤は言ったのだった。

「もう最悪っつーか、もうどうしようもないって言うか」

夢の中の絶望感だけが現実にぽんと投げてよこされた感じと進藤は言う。

「なんでおれ、おまえと一緒にいなかったんだろうって…どうしておれ、一人で逃げてきちゃったんだろうっ
て。まったく! 大体なんでおまえ一人であんなトコに残るなんて言うんだよ!」


進藤はいきなり夢と現実を同一のものでくくって塔矢にぶつけてきた。

「そんな…夢の中でしたことを責められても」
「いや、夢じゃなくてもおまえ本当に言いそうなんだもん」


「ゴジラが出た時に?」
「ゴジラじゃなくても! なんかあった時におれに黙ってアブナイ所に残りそう」
「…そういう破滅的な趣味は持っていないつもりだけれど」


そう、でも結構いい所を突いているのかもしれないと塔矢は思う。
もしも、例えば二人の関係が周囲に知られるようなことがあれば、自分は似たようなことをするかもしれ
ない。


自分にとって進藤ヒカルはそういう存在になってしまっていたから。
自分自身よりも―大切。


「約束して」

腰にしがみつくようにしながら進藤がぽつりと言った。

「もしマジでそういうことになっても、一人でアブナイトコに残るなんて言わないで」
「はいはい」
「そういうふうに軽く流すなよ、おれ今マジで言ってんだから、おまえもマジで答えろよ」


ああ、本当にキミは結構いい勘をしているよねと思いながら塔矢は薄く笑った。

「―するよ、約束するよ。もしゴジラが来たらちゃんとキミと一緒に逃げる」
「モスラでもガメラでもだ!」
「キミ、最近古い特撮ものばかりビデオで見てるだろう」


だからそんな夢を見るんだよと思いつつ。

「はいはい。モスラでもガメラでも大魔神でも」
「なにそれ?」


ああ、そこまではまだ見ていないんだねと更に笑う。

「なんでもない。それも昔の特撮。とにかくキミと一緒にいるよ。一人でなんとかしようとはしないから」
「うん。約束な? おまえ今、おれに約束したんだからな」
「―うん」


他愛ない戯れ言だったけれど、これでもう彼を切り捨てることはできなくなったのだなと塔矢は思った。
進藤は子どものような無茶苦茶な言葉で、でも今確かに自分をつなぎとめたのだ。


もしも、いつか責めを負うようなことがあるとしたら二人一緒だと。

「まいったな」

ぽつりつぶやくと進藤が「なに?」と尋ねてきた。

「これで永遠にキミから逃げられなくなったような気がする」

キミはそんなつもりでは無かったのかもしれないけれどと、塔矢が一人ごちると、進藤はぐいといきなり塔矢
の腕を引っぱった。
バランスが崩れて倒れ込むのをそのまま自分の胸の内に抱き留めてしまう。


「ちょっ…進藤、そういうことをすると危な…」
「逃がす気なんかないぜ? おれ」


文句を言おうとした口を塞ぐように、思いがけず真剣な声が言う。

「サイショからエイエンに、おまえのこと逃がそうなんて思ってない」

おまえはずっとおれだけのもんだもの。

そう笑いを含めた声で耳に囁かれて、思わずぞくりと背中に震えが走った。

これはもう観念しないといけないかもしれない。
言葉通り、進藤は塔矢を離すことなど考えてもいないのだろうから。


塔矢は進藤の背に腕を回すと「わかったよ」とつぶやいた。

「その代わり、ぼくもキミのことは逃がさないからね」

この先何があっても逃がしてなんかあげないからねと付け足すと、進藤はおかしそうに笑った。

「望む所だ!」


これから

どんなことがあっても

キミと

おまえと

離れたりしない。

それはいつか来るかもしれない波乱の前に、二人の間で確かに交わされた―誓いだった。




というわけでクリスマス週間、第二弾。コミケまでにまだもう一回くらいあるかも。みなさま良いクリスマスを〜。
20031223




Smell sweet


抱きしめさせてと言ったら、塔矢は仕方なさそうにため息をついて、「いいよ」と言った。

日曜の昼下がり、ヒマだったのでつい賭け碁なんぞをやってしまったら日頃の行いがいいせいか
勝ってしまい、その内容というのが「勝った方が負けた方を好きにしていい」というものだったので、
ここに即席奴隷が誕生したというわけなのだった。


「それじゃ、ありがたく」

先程までにらんでいた碁盤を邪魔にならないように部屋の端に押しやると、おれは畳の上をいざって
行って、側まで行った。


そして観念したという感じで微かに眉を寄せて座っているあいつの体をぎゅうと抱きしめたのだった。

ぎゅう、ぎゅうと少し背中がしなってしまうくらい強く抱きしめて、それから首筋に顔を埋める。
ふわりと肌の香がして、バカみたいだけど「ああ、塔矢だなあ」と思った。


「何やってるんだ、くすぐったい」

つい嬉しくて、くんくんと嗅いでしまったら、肩を軽くすくめられてしまった。

うん、知ってるんだ。ここ苦手なの。
だから、えっちなことをする時はわざとここに執拗にキスしてしまったりするのだけれど。


「んー、なんかすげぇ気持ちいいんだよ。おまえ相変わらずいいにおいだし」
「いつも言っているけど…それはキミの思いこみによる勘違いだ。ぼくは何もフレグランスの類はつけて
いないし、格別いいにおいがするわけも無い」


薫の君でもあるまいし、人間がそんなにいいにおいなんかするわけはないんだよと諭すように言われて、
少しだけ悔しくなる。


「そんでもおれにはいいにおいなの! で…ところで薫のナントカって誰?」

とってつけたような聞き方がおかしかったのか、くすりと笑いながら塔矢は言った。

「源氏物語だよ。そういう人が出てくるんだ。生まれつき体から『えもいわれぬ良い香りがする』って」
「へえ…」


そんな大昔にもおまえみたいなヤツがいたんだと言ったら、「進藤…『源氏物語』はフィクションだよ」と呆れ
たように言われてしまった。


ちくしょう、いくらなんでもおれだってそんなことくらいは知っている。ただ、そういうことを書くということは、た
ぶんきっとそれに近いヤツがいたんだよと思う。
人を気持ちよくさせる肌の香のするやつがさと言いかけて、また呆れられても困るのでそれは心の中だけで
つぶやいた。


「…で、次は何をすれば…いや、されればいいのかな?」

心底嫌そうに言われて、それでは期待にお答えして「キス」とか「えっち」とか言ってやろうかと思った。

「気絶するまでさせて」とかもいい。

実際、手合いもあるし、する時はセーブしている部分がかなりあるから。何も考えず欲望にのまれるままに体を
重ねてしまいたいと本音では思ったりするから。


(でもイイコのおれはそんなこと言ったりしないんだよ)

そんなことはしない。
塔矢の体に疲れを残すようなことは、少なくともこれから年末に向けて忙しくなるとわかっていてしたくなんかな
いから。


「とりあえず、このまま抱きしめさせててもらおうかな」
「へえ? そんなのでいいんだ?」


心底意外そうに言われてむっとする。
こいつ本当におれがご無体なことを言うものだと頭から決めてかかっていたらしい。


「いいの、これで。その代わり飽きるまでさせてもらうから」
「飽きるまで?」


問いかける声に笑いがこもっている。

「そ、飽きるまで何時間でも、こうしてぎゅーっと抱きしめさせてもらうから」

冷ややかなため息をつかれるのだろうかと思ったのに、塔矢はくすりと笑うと言ったのだった。

「いいよ。ご主人様の仰せのままに」

思いがけない優しい声に動揺する。

「な、なんだよ、寛大じゃん」

てっきりはねつけられると思っていたのに、おれの腕に抱き留められたまま、塔矢はくすくすと笑
っているのだった。


「いや、実はね。これってぼくにとってかなり都合のいい取引だから」
「え?」
「さっきあんなこと言ったけど…ぼくもキミの肌が好きなんだよ」


キミのにおいは気持ちがいいのだと。

「おれなんか、汗っくさいだけなのに」
「違うよ、とても心地よい。いいと言うなら、毎晩抱き枕みたいにキミを抱いて寝たいくらいだね」


もちろん、その逆も然りと。
思いがけないことを言われて少し、かなり焦る。


え?

マジ?

それ本当?

思わず腕をほどいて、くんくんと嗅いでしまったら、塔矢は笑いながら「本当だよ」と言った。

「だから、抱いていてくれるというなら有難い。今日は少し疲れているから、キミに包んでいてもらえるな
ら気持ちが休まるから、すごく嬉しい」


そう言って、おれの胸に顔をすりよせるようにした。

塔矢が自分からこんなことをするのは初めてで、だからかなり驚いて、でも嬉しかった。

「ああ落ち着く。このまま一生こうしていたいくらいだ」
「なんか…ずるい。おれの奴隷なのに、なんかおまえのが得してるみたいな気になってきた」
「だから言っただろう? ぼくにとって都合のいい取引なんだよって」


でもキミは勝ったんだから、せいぜい「主人」として飽きるまで何時間でもぼくを抱いていてくれたまえと
言われて更に腑に落ちない気持ちになった。


「まあ…いいか」

それでも、どうでも腕の中にいる塔矢はやっぱりとてもいいにおいだし。抱き心地も最高で、それだけで
幸せな気分になるし。
しかも塔矢もそうなのだというのだからこれ以上何を文句を言う必要があるのだろうか?


「じゃあ、お言葉に甘えて、抱きしめさせていただきます。奴隷様」

ほどいた腕を背にまわし、再びぎゅうっと抱きしめたら胸の辺りで塔矢が小さく笑った。
本当に嬉しそうな、幸せそうな声で、それは思いがけないほど強く直におれの体に響いた。


(うわ…マジ幸せかも)

塔矢の全てが気持ちいい。

女の体では無く、でも男という気もしない。
それじゃあなんだと尋ねられたら「塔矢アキラ」としか言いようがない。
でも、とても気持ちいい腕の中のモノ。


温かくて幸せで、やはりとても―。

「「いいにおい」」

思いがけず声がダブって、二人で笑った。

笑って。

笑って。

それから顔を上げたあいつに、おれは深くゆっくりと口づけをしたのだった。





ということで「クリスマス週間」というか、「更新滞っていてごめんね、でも待っていてくれてありがとう週間」です。止まっている連載その他も
ゆっくり始めますが、その前にちょっとお礼をこめまして。いつもOneに来てくださってありがとう。これからもよろしくお願いいたします。
コミケまでにもう一回トップのSS更新あります。20031221