愚者の贈り物


何をしようとは決めていなかったけれど、この日になったら何かをすることだけ
は決めていた。


9月20日―進藤の誕生日。

一昨年は確かファミレスでご飯を食べている時に言われて、大層慌てて、去年
は仕事で地方に行っていた。


だから今年こそは何かちゃんと彼にしてあげたいなとずっと思っていたのだ。

でも敵は手強い。

遠回しに欲しいものを探っても、「今は別に何も欲しくねぇなあ」と言うし、じゃあ
何か好きなものでも食べに行こうか思うと「フライドチキンが食べたい」とファー
ストフードの名前を挙げられる。


別にそれでもいいことはいいけれど、それが誕生祝いだとしたらあまりにも悲し
いのではないだろうかと思う。


じゃあいっそ小旅行にでも誘おうかとさり気なく持ちかけてみたら、「その頃お
れら忙しいじゃん」とにべもない。


実際その頃は進藤よりも自分の手合いのスケジュールが詰まっていて、行きた
くても旅行には行けないだろうと思った。


考えて考えて、探りを入れては敗北して、とうとう当日。

かなり情けない気持ちで目を覚ましたぼくは驚いた。
いつもはたたき起こしてもなかなか起きようとしない進藤がもうちゃっかりと起き
て、何やら朝食らしきものを作っているからだ。


「おは…よう?」

声をかけると、進藤はくるりと振り返って「おはよっ」とにこっと笑った。

「キミ…何やって…」
「ええ? メシ作ってんのに決まってんだろ」
「いや、それはわかるんだけど」


テーブルの上には、目玉焼きと、漬け物と、納豆と、インスタントだけれど、
みそ汁が並んでいる。


「なんで?」

なんでいきなり彼が朝食なんかを作ったのかがわからない。

「なんでって別にー、朝早く目ぇ覚めちゃってヒマだったから」

不審がるぼくを座らせて、進藤はごはんまでよそってくれた。

「さ、食べようぜ」

機嫌良く言われて、さっぱりわけがわからないまでも、有難くいただく。


食べている間も進藤は妙に機嫌がよくて、気味が悪いと思った。

「なんかキミ、今日変じゃないか?」

食後、片づけまでもさっさとやられてしまいさすがにどうしたことだと思う。

「もしかして熱でもあるんじゃ」と額に手を当てたら、進藤はむっと口を尖らせた。

「なんだよぅ、誕生日なんだからおれの好きにさせろよぅ」
「いや…いいけど、でもなんで誕生日なのにキミの方が働いてるんだ?」


普通逆じゃないだろうかと思っていると、進藤はぼくをじっと見て「だってもうおれ
もらったもん」と言った。


「え? もう誰かに誕生日プレゼントをもらったの?」

自分が一番に進藤に贈り物をしたいと思っていたので、少し悲しい気分になる。
するとそんなぼくの表情を読みとって、「ちがうよバカ」と進藤は言った。


「おまえさぁ、ここしばらくずっとおれの誕生日に何やろうか、何しようかって考え
てたろ」
「…うん」


なんだわかっていたのだと少し恥ずかしくなる。

「遠回しに探り入れてきたり、和谷とかにもさり気にリサーチしたりしてただろ?」
「うん…全然参考にはならなかったけれど」


和谷くんは『ああ?進藤? バーガーのセットでも食わしときゃ充分だろ』と言っ
たので。


「それがすごく嬉しかった」

自分を喜ばせようとぼくが一生懸命に考えている、それが何をもらうよりずっと
嬉しかったのだと進藤は言った。


「そんだけでおれ、もう充分。すげーシアワセだったから、今日は絶対おまえに
優しくしようって思ってたんだ」


いつも優しくしてるつもりだけど、更に当社比2.5倍くらいねと笑う。

「じゃあ後は何して欲しい?」

ちょこんと座って進藤は「打つ?」「マッサージでもする?」「どっか遊びに行く?」
と聞いてきた。


「ぼくは別に…」
「なんでもいいから言えよ。それがおれへの誕生日プレゼントになるんだからさ」


ご奉仕させてと迫られて、ぼくはしばらく考えてから言った。

「じゃあ、キミがしたいことがぼくはしたい」
「そんなの、おれがしたいことって言ったら…になっちゃうよ?」


まだ朝っぱらだし、おまえきっとしんどいしと言うのに「それでもいいよ」と言うと、
進藤は「いいの?」と聞き返し、それからワンテンポ遅れて、かーっと真っ赤に
なった。


「じゃあ…じゃあ…」

触らせてと、そしてぼくの手首を掴む。





「塔矢…大好き」

そっと優しくキスをすると、進藤は照れくさくてたまらないと言う顔をしながら
「いただかせていただきます」と妙に鯱張った口調で言った。


「どうぞ」と言うぼくの顔も負けずに赤く染まる。


9月20日、朝。たまらなく幸せな朝。


「ぼく」は進藤の誕生日プレゼントになったのだった。


※ヒカアキ日記と「キミぼく」の方は今ちょっとこんな雰囲気ではありませんが、本当はいつもこんな甘々な
誕生日なんだよと言うことで。