かもめーる


賀茂の声が聞こえたと思って振り返ったら鶯だった。

「…なんだ、そうだよな、今頃こんな所に居るはず無いもんな」

そう思い、苦笑しつつ向き直ったら再び頭上で声がした。


『今日』

『勤めが終わったら』

『帰らず屋敷に寄ってくれ』


え―――っと思って振り向くと、やはりそこには鶯が居て、早咲きの梅の花びらを
ついばんでいるのが見えるばかりだった。


「もしかしておまえ? おまえが今喋った?」

バカなことをと思いつつ頭上高く止まっている鶯に尋ねると、小さな頭を左に傾け、
それから鶯は言ったのだった。


「主からの言付け、確かにお伝えした」

そして言い終わったかと思ったらゆらりとその姿は揺れて、鶯では無く見覚えのある
賀茂の式神に姿が変わった。



『キミの好きな』

『菓子を貰った』

『だから絶対に寄り道せずに来い』


(そんなことわざわざ式神を使わなくても近衛府に来て言ってくれればいいのに)

賀茂の居る陰陽寮と近衛の詰める近衛府は歩けばそれなりに距離はあるが、顔を
出して出せない距離では決して無い。


(でも、そうだよな、賀茂がそんなことするはずが無い)

どんなあやかしに出会っても落ち着いて眉一筋も動かさない。そんな賀茂が、けれど人
に接することに関しては、とても臆病なことを近衛はよく知っている。



「うっかり来て、加賀にからかわれたら、またおまえ真っ赤になっちゃうもんな」

以前一度立ち寄って、賀茂が散々からかわれたことを思い出して、近衛はくくっと喉の
奥で笑った。


あの時の賀茂は可愛かった。

真っ赤な顔でらしくなく、加賀に向かって突っかかって行く姿は愛しかった。


『余計なことは思い出さなくて』

『いい』

『きっとキミのことだから』

『いらないことを思い出して笑っているのだろうけれど』

『そんなことをしているのだったら』


もう来なくてもいいよと言うのに慌てて笑いを止める。

「ごめん、笑わないから怒らないで!」

そしてそこまで喋ってから、そうだったこれは賀茂の伝言だったと思い出す。

「悪い! 賀茂に伝えて。おまえが怒るようなことは絶対思い出してなんかないって。そ
して仕事が終わったら飛んで行くからって」



寄り道なんかするはずも無い。

まっすぐにおまえの所に行くからそう伝えてと言ったら、式神は咀嚼するようにしばし黙
った後で口を開いた。


「確かに。主への伝言承った」

そしてぱたたと空に飛び立つ。


「絶対に間違わず伝えてくれよな」

そして思いついて付け足した。

「そうだ、それから大好きだって伝えておいて」

可愛いおまえが大好きだって。愛していると伝えてくれと、その言葉に返事は返らなか
ったけれど、式神は伝えてくれるだろうと近衛は思った。


可愛くない、けれど賀茂にこれ以上無い程忠実な式神は、クソ真面目な顔で一言一
句、間違えることなく近衛の言葉を賀茂に伝えることだろう。



(どんな顔するだろう、あいつ)

最初は笑って、それから真っ赤になるだろうか?

「もしかしたら屋敷に入れてくれないかもしれないなぁ」

あんな恥ずかしいことを式神にわざわざ言付けるなと、きっと賀茂は怒るだろう。

恥ずかしい、信じられない恥を知れと、罵る声音まで容易に想像出来てしまう。


「…でもおれ、何も嘘は言って無いし」

だから何も悪く無い。

そして何よりもあの恥ずかしさを堪えて怒り狂う、賀茂が可愛くて大好きでたまらないか
ら、またあんなふうに賀茂が式神に言付けを持たせて来たら懲りることなく言ってやろ
うと、一人くすくす笑いながら、近衛は機嫌良く都の警備を続けたのだった。


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※賀茂からの返事
「来るな! もう二度と来なくていい!」


こんなメール?のやり取りをさせられる式神おっちーは大変気の毒です。
2009.2.11 しょうこ