瓜月
近衛光は遠慮をしない。
来たいと思えば賀茂が居ても居なくても賀茂の屋敷を訪ねて来るし、泊りたいと思えば
賀茂がいくら睨んでも部屋の隅で布団もかけずに寝てしまう。
「うちはキミのための宿屋じゃない」
ちゃんと家があるのだからそこに帰ればいいじゃないかと、賀茂が迷惑千万と顔に書い
て言ってみれば、「宿屋なんかにしているわけじゃない」と近衛は邪気の無い顔でしれっ
と言った。
「じゃあなんで来るんだ」
「えー? そんなの賀茂が好きだからに決まってんじゃん」
通い婚だよ通い婚と、これもまたまるっきり邪気の無い顔で言い放つのだった。
「好いた相手の家に男が通うのは当たり前だろ?」
「それは女性の場合だ。ぼくは男なんだから当てはまらない」
突き放したような言いぐさにも近衛は全く怯まない。
「ふうん、当てはまらないのに、おれとあんなことしたりするんだ」
「あんなことって―」
カッと顔を朱に染めて賀茂が腕を振り上げるのを待ってましたとばかりに掴んで止める。
「賀茂って可愛い」
陰陽の力を持ってはいても、賀茂の細い腕は日々都の警護で鍛えている近衛の腕には
敵わない。
「何をふざけたこと!」
「おれはただ、仲良く一緒に冷えた瓜を食ったりするのかってそう言いたかっただけなん
だけどなあ」
してやられた。
賀茂の顔は近衛を殴ろうとしたその前よりも更にもっと赤くなっている。
「キミは――性格が悪い」
「そんなこと無いって」
「いいや、絶対に性格に問題がある」
少しばかり検非違使として腕がたつからって思い上がっているんじゃないかと、赤い顔
のまま睨み付けたら、近衛はまだ掴んだままの腕をぐっと引き寄せて笑った。
「腕がたつって認めてくれてるんだ?」
「それはみんなそう言っているし…」
間近で見詰められて、賀茂は息苦しそうに顔を背けた。
「おまえは?」
「ぼくは…」
「おまえはおれのことどう思ってるん?」
「ぼくだって、それは…キミの力は知っているから…」
喋るごとに距離が縮まる。
最後語尾が消えたのは、近衛が無理矢理口づけたからだった。
「…本当にキミは性格が悪い」
ようやく腕を振り払い、身を引きはがすようにして離れて賀茂は言った。
「でも、好きだろ?」
「好きなんかじゃない」
「だったらおれ、帰った方がいい?」
もう二度とここには来ない方がいいかとふいに真面目な声で尋ねられて賀茂は俯いた。
「…どうしてキミなんか屋敷に入れてしまったんだろう」
独りごちるように言うその言葉に悔しさが混ざるのは、もう近衛無しの日々など考えられ
ないことを誰よりも自分が一番良く解っているからだった。
寂しくて死ぬ。
心がきっと死んでしまうことだろう。
「…いいよ、別に来ても」
「本当?」
まだ相当な抵抗があると思っていたらしい近衛は拍子抜けしたように賀茂の顔を見る。
こういう時の顔はまだ子どもっぽさが残っていて、そういう所も好きだなと賀茂はしみじ
みと胸の内で思った。
「いいって言ってもダメだって言ってもきっとキミは構わずに来るんだろうし…」
だったら別に来てくれて構わないと。
そうしてから一つ溜息をついて、ぽつりと言った。
「瓜を食べようか? 冷やしてあるんだ」
「え?」
「今日辺り…キミが来るような気がして冷やしておいた」
だから月でも眺めながら二人で一緒に食べようかと、嫌味でも無く、当てこすりでも無く、
賀茂は静かに言ったのだった。
「仲良く?」
「うん…仲良く」
苦笑のように賀茂が言うのに、近衛もまた苦笑で返す。
そうしてから思い切り強く賀茂の体を抱き寄せると、近衛はその整った綺麗な耳元に、
「ごめん」と小さく囁いたのだった。
※ちょっと色々アレですが、全ては暑さのせいということで。
2010.8.11 しょうこ