夢見
夢の中で賀茂がおれの手を取って水盤に誘った。 「何?」 「別に…なんでも無いけれど」 こうすると面白いだろうと言ってしたことは、おれに指を一本立てさせ、それを包み込むようにして持って 共に水の面をなぞることだった。 ひんやりと浸かった指先が冷え、細かな波が水盤一面に広がって行く。 でもそれが何を意味しているのかおれにはさっぱりわからない。 「なあ…賀茂…」 これってどういう意味があるん? と尋ねようとしたら「しっ」と窘められた。 「まじないの最中に喋るのはいけない」 「いけないったって…」 これがどういうことなのかさっぱりわからなくて心持ちが悪いのだと、言いたくて、でも険しい目で睨まれ て黙る。 繰り返し、繰り返し水の面に書かれるのはおれの名前のようであり、賀茂の名前のようであり、おれに はわからないまじないの文字のようでもあった。 「これでいい」 しばらくたってぽつりと賀茂が呟いた。 「これでもうぼく達は―」 その後は聞こえない。なんと言ったのかどうしても知りたくて聞き返してもその声は耳には聞こえず、強く 聞き返そうとした時に目が覚めた。 「――ってことがあったんだけどさ」 おまえどういうことだと思う? と尋ねるおれに賀茂は大きく溜息をつくと不機嫌そうに言った。 「キミが見た夢の意味なんかぼくにわかるわけが無いだろう」 「だっておまえ陰陽師じゃん。そういう夢を解くことだってするんだろう?」 「することもあるけれど、それとこれとは違う」 大体そんなキミの願望丸出しの夢に深い意味なんかあるわけが無いと言い切るのに、おれは思わず 口先を尖らせてしまった。 「そりゃそうだけどさあ」 でも、あまりにも感覚が生々しかったのだと一人胸の中で思う。 あの時、夢の中で共に水の面をなぞった添えられた賀茂の指の感触は温かく心地よく、そして非道く生 々しかった。 (まるで本当の賀茂に手を握られているみたいだった) もちろんそんなことを言ったなら更に軽蔑されたような顔で見返されるのがオチなので必死に口を噤ん でいたけれど、でもと思わずにはいられなかった。 まるで本当の賀茂と手を握っていたみたいだったんだよな―――と。 ![]() |