雪桜
「進藤、桜が咲いているよ」 すごく綺麗に咲いていると呼ばれて眠い目をこすりながら布団から起きた。 辺りの空気は凍える程冷たくて、そうだよな今1月だもんなとぼんやり思う。 「…おまえ何寝ぼけてんの? 桜なんて咲いているわけ――」 ないだろうと言いながら、声のしたリビングに行って驚いた。 大きく開け放したベランダ側の窓から、部屋の中にはらはらと白い花びらが舞 い込んでくるのが見えたからだ。 「まさか―」 もう一度目をこすり、それから震えながら寒いベランダに出る。 「おはよう、進藤」 そんな格好で来たのか、風邪をひくじゃないかと笑っている塔矢の回りには 桜―満開で風に煽られて散るたくさんの桜の花びらのように雪が舞っていた。 「だっておまえが呼ぶから来たんじゃん」 それも桜だなんて言うからさとぶつぶつと言ったら塔矢は自分が羽織っていた カーディガンをおれの背にかけてくれた。 「だって本当に桜の花びらみたいだろう」 今朝起きて、ずっと寒いと思っていたのだけれど今みたら一面に雪が降ってい たからキミにもこの景色を見せたかったんだと言う塔矢は微笑んでいる。 「桜…おまえは嫌いじゃないん?」 ずっと昔、こんなふうに散る花びらの中で惨く拒絶したおれが居る。 「どうして? 桜は好きだよ」 ひらり掌に落ちる雪のひらを見詰めながら塔矢が言う。 「キミとの思い出の花だからね」 忘れられない、大切な、一生胸に残っている美しい花だと、そう言って微笑む塔 矢の方が美しかった。 「春になったら」 「え?」 「春になったらどこか山の方とか行って、桜…見て来ようか?」 「いいね、どこか観光がてら見に行ってもいいかもしれない」 でも今はキミとこうして見ている雪もぼくにとっては充分に美しい「桜」だよと言 われ、きっとこいつはこの「桜」のことも、大切に胸に仕舞っておくんだろうなと 思ったら愛しくて切なくてたまらなくなって、おれは雪で白くなった塔矢の髪を指 で払ってやると、心からの溢れんばかりの愛をこめて、その柔らかい唇にそっと 口づけをしたのだった。 |