愛はさだめ さだめは死
AKIRA
幸せな気持ちで満たされていなければいけないのに、目が覚めた時、 ぼくの胸には悲しみが溢れていた。 隣ではまだ進藤が気持ちよさそうに眠っていて、その顔を見ると愛しさに息が止まり そうになったけれど、それでもぼくは悲しくてたまらなかった。 こんなことをしてはいけなかったのだと、そう思うから。 夕べぼくは彼と寝た。 酔った勢いとかそういうことではなく、意外にも彼の方から告白されて、気が付 いたら深いキスをしていた。 キスも初めてなら、いきなり移った行為も初めてで、でもそのどれもが痺れるほ どに幸福だった。 だってぼくはずっと彼に言うつもりなど無かったから。 一生言わずに済ませるつもりだった想い。それが思いがけず叶ってしまい、ぼくは 有頂天になった。 「おまえが好き」 「だれよりも愛してる」 囁かれる言葉は夢のようで、ぼくを酔わせた。 けれど、思いもかけない成就は同時にぼくの何かを壊したのだった。 熱に体を貫かれ、思ったことは。 もう二度とこの男を離さないというもの。 誰にも渡したくない。 誰にも指一本触れさせないで、どこか深い場所に隠してしまいたい。 それは自分でたじろぐほどに強い思いで、あまりの強さに自分で空恐ろしくなっ てしまったほどだった。 ぼくだけを見て ぼくだけを愛して 一生ぼくのことだけ考えてと、慣れない行為の痛みの中で、譫言のようにぼくは 言った。 もう二度とその瞳に他の誰をも映さないでと。 絶対にぼく以外を愛さないでと。 彼は笑いながら「当たり前じゃん」と言ったけれど、果たしてその意味の深さを どれだけ理解していたものか。 ぼくはもう本当に彼を誰にも渡せなくなってしまったというのに。 渡すくらいならぼくは死ぬ。 それとも殺してしまうかもしれない。 強すぎる想いは人を滅ぼす。 誰よりも自由でいるキミが好きなのに、キミの翼を折るのはぼくなのかもしれないと、 そう思ったら悲しくてたまらなくなった。 こんなにも愚かでこんなにも心が狭い。 けれど拒絶する強さも無く。 これからもこうして抱かれていくのだと。 ゆっくりと、彼の首を絞める縄を持ちながら、ぼくは―。 ぼくはきっと別れることも出来ないのだろうと、安らかな寝顔をながめながら思い、 一人静かに泣いたのだった。 |
壊してやろうかと思った。 おれのものにならないなら、滅茶苦茶に傷つけて砕いてしまおうかと思っていた。 ずっと欲しくて欲しくて欲しくてそればかり考えてきたもの。 他の誰かのものになるのを見るくらいだったら自分の手で壊してしまえとそう思ってい た。 それが。 思い詰めて言った言葉にあいつが柔らかい笑みで返してくれた時、間違いだとわか った。 傷つけるなんて絶対にできない。 あの柔らかい肌も、涼やかな声も、切なげに寄せられる眉の一筋も自分は傷つける ことなんて絶対に出来ないとそうわかったのだった。 例え自分がそれで傷ついても 例えそれで死ぬようなことがあっても 考え得るどんなことがあっても、おれはあいつを傷つけられない。 「キミが好きだ」と囁いたあの声を失ったらおれは生きてはいけないのだと。 胸が痛くなるほどの思い。 愛するということがどんなことかおれは知らないけれど、堪えても堪えても溢れてくる この感情が「愛する」ということなら幸せだと思った。 「ぼくだけを見て」 「ぼくだけを愛して」 あいつはそう言ったけれど、そんな言葉ではとても足りない。 他の誰も見ずに、おれだけを縛って。 他の誰をも欲しがらずに。 おれの腕の中だけで乱れて。 くれというなら全てをやるから。 おまえでおれを縛って欲しいと、しなやかに反る背を抱きしめながら、おれは心の底 から願ったのだった。 |
もしキミがいなかったらと考えただけで生きられなかった。 当たり前のようにぼくに向けられる笑顔と 与えられる優しい言葉 「愛してる」とキミはどれだけの想いで言ってくれているのかわからないけれど ぼくにとってはそれが全てで、失ったらもう生きてはいけないのだと 昨日、キミのいない間に考えて思った。 このまま、もしキミが帰って来なかったら、ぼくは永久にキミを待つのかもしれ ない。 それが故意でも、事故でも、病気でも、何かに裂かれたら、ぼくはもう生きていくことが できないから。 こんなにも囚われて こんなにも溺れて 自分は愚かだと思うけれど 気が付いた時にはもう、もどれない深さまで好きになってしまっていた。 愛してとは思わないけれど でも、愛して欲しいと願う ずっとぼくの側にいて ぼくを一人にしないで欲しいと そう思う自分をバカだと思った。 |
苦しいのではないか、嫌なのではないか。 あいつを腕に抱くたびにそう思った。 行為に苦痛が伴わないはずも無く、けれどそれはおれにはわからなくて。 聞いてもあいつは答えないから本当の所はわからない。 「キミが好き」 ずっとずっと好きだったと、そう言われて幸せで たぶんおれはこいつのためには、何でもできてしまうんだろうなと思った。 胸が痛くなるほど好きで 好き過ぎて壊してしまいそうで でも壊したらおれが死んでしまうから 本当は触るのも恐い。 どこまで触れていいのか、どこまでも触れていいのか。 しなる体の全てにおれの印をつけたいけれど 汚してしまうような気がしてそれもためらわれる。 見ていたいただけの時にはわからなかった体の薄さは、時にひどく痛々しくて、このま ま息が止まってしまうのではないかと不安になることもある。 激しくて 激しくて 燃え上がる炎のように激しくて こんな熱を帯びた体をしているなんておれは知らなかったから、更に深くを知りたくな る。 「ぼくを壊して」 「キミでぼくを壊してくれていいよ」と喘ぐ息の下で言われて涙が溢れた。 あまりにも好き過ぎて泣くこともあるのだと こいつを抱くようになってからおれは知った。 |
泣いて 泣いて 泣いて 泣いて おれもあいつも涙が止まらなくて 泣きながら互いを抱きしめあった。 好きだということは幸せで でも心が痛い この想いは純粋で、でもあまりに激しすぎて、いつかおれたちを傷つけることになるの かもしれない。 でもどれほど痛くても、もう離れることなど出来ないから。 この痛みを体中に刻みつけて おれたちはずっと二人、二人だけで生きていく。 |