シアワセの形
20030904


「シアワセになりてぇかな」


棋院の帰り、喉が渇いたからと入ったコーヒーショップで、キミは何か目標にしていることが
あるのかと尋ねたら、進藤は少し考えてからそう言った。



「幸せ?」

「うん、そう。おれ、頭悪いからあんまり小難しいことは考えられないけど、シアワセにはなり
たいと思う」



何気ない世間話。

人生の目標というか、これから先の展望のようにものを聞いたつもりだったので、意外な答
えに驚いた。



「…素晴らしい目標だとは思うけど、すごく漠然としてないか?」


お金持ちになりたいとか、有名になりたいとか、俗物的な目標を聞きたかったわけではもち
ろんない。


でもなんとなく進藤からはNEC杯予選通過とか、今年中に昇段とか、または大きく、タイトル
ホルダーになりたいとか、碁に関する言葉が聞けるものとばかり思っていたので少し…気が
抜けたような、裏切られたような気がしてしまったのだ。



「じゃあおまえの目標は?」

「え?」


逆に聞き返されて言葉に詰まる。


「おまえは将来どうなりてぇの?」

「ぼくは…もっと強くなって、お父さんのような、いやもっと強い棋士になって一生碁を打って
行きたいかな」



またいつものように「碁バカ」と言うだろうかと見つめると、進藤はにこっと笑って「いいんじゃ
ねぇ?」と言った。



「すげぇおまえらしいし。おれも同じこと思ってるし」

「え? だってキミはさっき」

「言ったよ。シアワセになりたいって。…一生、碁を打てたらシアワセじゃねえの?」


言われて一瞬呆けてしまった。


「な…そういう意味だったんだ…」


自分でもおかしなくらいほっとしてしまった。よかった。進藤にとってやはり碁は大切なのだ
と。


そんな想いが顔に出てしまったのだろうか、進藤はおかしそうに笑うと、ぼくの顔をのぞき込
んで言った。



「いい目標だろ? 大好きなやつとずっと一緒に碁が打っていけたらさ、それだけでもう他に
なんにもいらねぇって思わねえ?」



…え?

言葉の意味をなかなか理解できなくて、バカのようにぽかんと進藤を見返してしまった。


「え? それって…」

「だからおまえと一生打っていけたらシアワセって言ってんの!」


やっと理解できて、その途端かーっと喉元から熱が上がってきた。


「し…え?…でも」

「強くなろうな」


にこっと笑って言われて、顔が耳まで赤く染まった。


「あっ、当たり前だっ!」


照れくさくて、恥ずかしくて、怒鳴ることしか出来なかったけれど、本当は嬉しくて死にそうだ
った。



ぼくとキミは向かい合い、共に一生、打つ―。


ただそれだけ。

それだけのことだけれど…。

それ以上の幸せはきっと無いと、火照った頬にキスをされながら言葉には出さず、胸の内で
そう思った。


※コミックス23巻発売記念に日記に書いたSSです。日記関係はいつ消えるかわからない
怖さがあると思い知ったので、こちらに移すことにしました。いつまでも二人には一緒に歩い
て行って欲しいなという願いをこめて書きました。「未来へ―」のコピーには泣けましたよ。