LOVERS
ショーウィンドーの中をじっと見ているから、欲しいのかと思った。
風の冷たい夜、ラーメン屋から出て、二人でゆっくりと家への道を歩いていると、ふとあいつが立ち止まった。
傍らにある店の中をじっと見つめているので何かと思えば、そこはまだ11月だというのにすっかりクリスマス
仕様にディスプレイされた洋菓子店で、ガラスケースの中にずらっと並べられたケーキは、遠目に見てもキレ
イでとてもうまそうだった。
「なに? 食いてーの?」
食後のデザートにでも買っていこうかと話しかけると、塔矢はびくりとしておれを振り返り、それから慌てたよう
に、ぶんぶんと首を横に振ったのだった。
「ご、ごめん、そういうわけじゃないんだ」
ただ、キレイだったから見ていただけなのだと、焦ったように言って、だからいらないと言う。
「今お腹一杯だし、買っても一個全部食べきれないと思うし」
「いや…別にそんな力一杯嫌がらなくても」
元々、塔矢はそんなに甘いもんが好きってわけでもないし、本人が言うならきっとそうなのだろう。でもそんなに
ムキになって言わなくてもいいのにと、ちょっとだけ不思議に思った。
(でもおれも、別にそんなすごい食べたいってわけじゃないしな)
まあいいかとまた歩き始めると、隣で塔矢はあからさまにほっとしたように息を吐き、それがまた少しだけひっか
かった。
「それで、この間芦原さんに誘われて行った笹川九段の研究会だけど」
「ああ、どーだった? 人数割と多いんだっけ?」
「うん、雰囲気はいいんだけどね、多すぎてちょっと散漫な感じになっちゃっていたかな」
何事も無かったかのように、さっきまでの話の続きをしながら歩いていると、途中でふいに右手が温かくなった。
なんだと思ったら、いつもは町中で手をつなぐことを嫌がる塔矢が自分からおれの手に指を絡ませてきたのだ
った。
「めずらしーじゃん」
本当にそれは珍しいことだったので、振り返り、からかうような口調で言うと、あいつは顔を赤く染めながらキッと
おれを睨み返した。
「さっ―寒いからだっ」
手先が冷えてしまったから、だから暖を取ろうと思ってキミの手に触っただけなのだと、そんな嘘にもならないよう
な嘘をつくので可愛いなあと思った。
「何?」
「いや、別に」
色づいた頬が柔らかそうで、うまそうで、そんなうまそうな顔で睨んでくるのだからもう信じられないくらい激烈に可
愛い。
そんなこと言ったら殴られてしまうから口に出しては言わないけれど、世界中のどんな美人よりも塔矢は美人で可
愛いと思う。
可愛くて頭も良くて、その上碁も強いなんて、おれのコイビトはなんて最高なんだろうかと考えた時、唐突に気がつ
いた。
(さっきの店の中…)
客が二人ばかりいたのだけれど、それは仲良さげに手をつないだ恋人同士だったのだ。指を絡めあい、幸せそう
に顔をつきあわせてケーキを選んでいた。
もしかしなくても、塔矢はケーキでは無く、あの二人を見つめていたのではないか?
(そっか、だから)
おれがケーキを買おうかというのに、あんなにムキになって首を横に振ったのだ。
本当は、人がラブっちくしているのを見て、少しだけ羨ましくなって、自分もおれに甘えたくなったのだ。でもそんなこ
と死んでも言える性格じゃないから―。
手を繋ぎたくても言えなくて「寒いから」だなんてバカな嘘を言う。
(どうしよう、可愛い)
可愛くて可愛くてたまんねぇ。
「進藤?」
急にだまってしまったおれを見て、塔矢がきょとんとした顔になる。
「どうしたの?」
「別に―なんでもない。ただちょっと目にゴミ入ったみたいで」
「え?見てやろうか?」
「うん―」
顔を近づけてのぞき込む、その頬をおれは両手で挟むと、ちゅとキスをした。
「しっ」
よほど驚いたのだろう、おれを突き飛ばすように押しのけると、塔矢は真っ赤になっておれを睨んだ。
「こっ、こういう所で、そういうことはっ!」
あータコみたいになっちゃって、でもそれもまた可愛い。本当に可愛いなあと、つい顔がにやけてしまった。
「進藤っ、人が怒ってるのにその態度はなんだっ!」
「んーごめん、ごめん。ちゃんと聞いてるから」
「そうじゃなくて、そのしまりのない顔を―」
「なあ、やっぱりさっきの店でケーキ買って来ねぇ?」
「え?」
「なんか急に、脳みそとろけるくらい甘いもんが食べたくなった」
約束破ってこんな所でこんなことしたお詫びに奢るからさと、そう言うと塔矢は唐突に黙った。
「おまえの好きなん、なんでも買っていいから」
それで許してと。それともやっぱ甘いのは食べたくない?と聞くと、「うん…あ、いや」と慌てて首を横に振る。
「キミのおごりなら…食べてもいいよ」
それでも何か不安なのかちらりとおれを見上げて言葉を足す。
「進藤…キミ何か…変なこと考えてないか?」
「えー?変なことって…ケーキよかおまえの方を食べたいなとか?」
「ばっ」
「別に、もちろんおれはそれでもいいんだけど」
「じょ―冗談じゃない」
ぼくはキミよりケーキの方が食べたいよと真っ赤な顔のままで、塔矢はひどいことを言う。
「あー?おれってそんなにまずい?」
「そうじゃなくって!」
「じゃあうまいんだ」
「違うっ!」
言い返すたびにわけがわからなくなっていく塔矢がおかしくて、でもあんまり意地悪をしても可哀想なので、そこ
そこでやめておいた。
「ま、じゃあとにかくケーキでいいってことだよな」
「あ…うん」
「違うの二個買って、それで半分こで食べようぜ」
くるりと後ろを向いて来た道をもどる。手は相変わらずぎゅっと握りしめたまま。
少しして塔矢がぽつりと言った。
「あのさ、やっぱり食べきれないかもしれないから、一個を半分ずつにしてもいいかな?」
「いいぜ」
半分でも一個でも、別にホールで買ったっていいぜとそう言うと、あいつは「バカ」と小さく言って、でも嬉しそう
におれの手を強く握り返した。
「―大好き」
しんどうと、一瞬確かにそう言われたような気がした。
「約束なんてもう知らねぇ」
「えっ?」
冬にはまだ早く、でも秋というには深い、風の冷たい夜。
おれは振り返るとぎゅっとあいつを抱きしめて、もう一度深く、甘いキスをしたのだった。
(終)
ということで今日一日限りの特別(?)企画でした。いや、まざるよりもヒカアキがいちゃいちゃしてるの見る方が幸せなんで(^^)
とりあえず、おめでとうおれ!