※この話は「お初祭り」に投稿させていただいたものです。




Hevenly blue


「ヘブンリー・ブルーだ…」

そのシーツを見た時に、母が好きで毎年咲かせていた西洋朝顔の花の色を
思い出した。


気まぐれで入ったマンションのショールーム。寝室のベッドにかけてあったシー
ツは透明で涼しげな青色で、ぼくは一目で気に入ってしまったのだった。


まだ今は冬だけれど、夏にこのシーツを使ったならばきっと心地よく眠れるだろ
う。


今使っているものが今ひとつ色柄が気に入っていないこともあって、ぜひこのシ
ーツを手に入れたいと柄にも無くそう思ってしまった。



「お客様、何か?」
「すみません…このシーツはどこのメーカーのものなんでしょうか?」


冷やかしで来たのに図々しいと思いながら尋ねて見ると、快く仕入れた先を教
えてくれた。


「ただ…もしかしたらもうこのお色の物は販売していないかもしれませんねぇ」

どうも何年か前の在庫の残りをひとまとめに安く買い入れたようで、実際その店
に問い合わせて見たら在庫は無いと言われてしまった。


「でも、もしかしたらまだどこかの小売店に残っているかもしれませんから」

親切にも在庫の在りそうな店を何件か教えてくれて、ぼくはそのうちの一つでよ
うやくシーツを手に入れることが出来たのだった。



いつかこれは何か特別な日に下ろそう。

苦労して手に入れたこともあって、ぼくはそれをすぐには使わず、二年ほどクロ
ーゼットの奥にしまい込んでしまったのだった。




その日青いシーツを引っ張り出したのは、引っ越しの荷物の整理をしていてそ
れがあったのだということを思い出したからだった。


「そうだ…折角買ったのにまだ使っていなかった」

いつか使おうと、そう思ってはいたのだが、「今日」という日が中々無くてそうし
ているうちに在ること自体を忘れてしまった。


「ちょうど夏だし…引っ越したばかりだし」

その上今日は、引っ越して初めて進藤が遊びに来る。きっと彼は物珍しく全部
の部屋を見て廻るだろうから、古びたシーツよりは新しくぱりっとしたシーツが
かけてある方が気まずさが無くて良い。


そういう意味でも今日はちょうど下ろし時ということになるだろう。

ぼくはまだ畳みじわの残る美しいシーツを丁寧にベッドにかけるとそれから改め
て目に染みるような青を楽しんだ。


「うん、やっぱり綺麗だ」

あまり物に拘る方では無かったが、これは買って良かったとぼくはしみじみ思っ
たのだった。






昼過ぎにやって来た進藤は、思った通り全部の部屋を物珍しそうに見てまわった。
最も全部と言っても2LDKなのでたかが知れているのだけれど。



「わー、すげっ、風呂もベランダも広いな」

「ベランダは別にどうでも良かったんだけど、お風呂はあまり狭いのは嫌だった
から」



広めのを探したのだと言ったらさすが塔矢アキラ様と言われてしまった。


「さすが最年少名人様は違うよな」
「収入のことを言っているんだったらキミだってぼくとそんなに変らないだろう」


彼は彼で昨年、最年少天元の座についている。


「でもおれ、その前の貯金とか無いからさ、ずーっと勝ち街道ばく進して来たお
まえとは蓄えが全然違うもん」


「それはキミが無駄遣いばかりしているからだ。ぼくはほとんど何も買わないで
来たから」


「あー、おまえ物欲無いもんなあ」


服も車もなーんにも欲しいって物が無いんだからそりゃ貯まる。無趣味は良い
よなと言われて少々かちんと来たのでベッドルームに案内してやる。



「キミはぼくが何にも興味が無いように言うけれど、ぼくだってちゃんと物に拘っ
たり欲しいと思ったりすることがあるんだよ」



そしてベッドにかけたシーツの由来を話してやった。

「別に、似たような色のシーツならいくらでもあるんだけれど、どうしてもこれが
良かったから」


「ふーん、確かに綺麗な色だよな」


進藤は言うと良いとも何とも言っていないのに、さっさとベッドに近づいていって
腰かけてしまった。



「なんて言うのこの色? 水色じゃないし、コバルトブルーでも無いし」

「ヘブンリー・ブルー。天上の青って言う西洋朝顔の花の色なんだ」


昔母が好きで咲かせていた花であることを告げると納得したように頷かれた。


「そうだよなあ、おまえなんだかんだ言って、マザコンでファザコンだもんなぁ」

「違うってば! ぼくはただ綺麗な色だから―」

「で、天上の青って何?」

繰り返し聞かれて怒る勢いが削がれてしまった。


「天上に咲く花のように清んでいて汚れが無いってことなんじゃないかな。埼玉
の山の方に一面にこれが植わっている畑があって、それは美しいって話だよ」



本当に天上の景色のようなのでは無いだろうかと言ったら進藤は何故か笑っ
てシーツの表面を手で撫でた。



「おまえみたい」

「え?」

「おれのおまえのイメージってこんな感じだから」


言われていることがわからなくてきょとんとした顔で見返すのに苦笑したように笑
われてしまう。



「本当、おまえ天然だよな。天然で鈍くて、でもすごく綺麗」


一点の汚れも無く清んで美しいと、まっすぐに見つめられてカッと頬が染まった。


「キミは何を―」

「おれたちさ、お互いに好きだってわかってんじゃん? そんでもってキスも済ま
せていてフツーだったら次は何が来るかわかるようなもんじゃん?」



でもおまえはいつまでたってもそういう気持ちになんないみたいだし、なのに不
用心におれをベッドルームになんか引き入れちゃうしと、ここまで言われてよう
やく彼が何を言いたいか理解した。



「これってさ、ほとんど誘ってんのと同じだってわかってる?」

「ぼくは別に―」

「うん、他意は無かったんだよな。そんなこと思ってもみなかったんだよな。わか
ってる。おまえそーゆー奴だもん」


でもってそーゆー奴を死ぬ程好きなんだからもう仕方ないけれど、でも今日は
このままじゃ済まさないからと、言った次の瞬間に進藤は呆然と立つぼくの手
首を思い切り引くと、ぼくをベッドの上に引き倒した。



「進藤!」


そしてゆっくりとぼくの上に覆い被さるようにしてのしかかると、一センチも離れて
いない間近まで顔を寄せて言ったのだった。



「嫌だったら今すぐ言って。そしたら止めるから」


でも嫌じゃないんだったら止めないからと、かすれたような声と息が肌をくすぐる。


「ん? どうする?」


いいの? それともダメなの? と尋ねられてもう何も考えられなくなった。


「い……」


いいよと、その後は押しつけられたシーツの目に染みるような青さしかもう覚えて
いない。






終わった後、ぼくはシーツを丁寧に洗うとクローゼットの奥にしまい込んだ。


「うわっ、ごめん。おれ弁償する」


翌朝になって、非道い有様になったシーツを見た進藤はぼくにそう言ってくれたけ
れどぼくはそれをやんわりと断った。



「いいよ、別に洗えば済むことだし」

「でも、これ気に入ってたやつなんだろ?」


苦労して手に入れたものだったのにごめんと、実際シーツは染みとぼくがキツく
掴んで引き絞ったために出来た皺で見る影も無かった。


元がそれほど濃い色ではないことも祟って、落ちた血の跡も嫌になるくらいくっきり
と目立ち、わかってしまう。



「大丈夫、すぐに洗えば落ちるから」


実際、何度も洗ったのと専用の洗剤を使ったのでシーツの染みは綺麗に落ちた。

その後、念のためにクリーニングにも出したので、皺も全て綺麗にアイロンがけ
され、買ったままの新品のように目には映った。



(でも…もうこれは使わない)


見るとどうしても『はじめての時』を生々しく思い出して居たたまれない気持ちにな
るせいもある。


でも何よりもその色に、ぼく自身がもう相応しくないようなそんな気持ちがしたから
だ。


一点の汚れなく、清らかに美しい。

そんな天上の色に身を委ねるにはぼくはもう現世の欲と垢にまみれてしまってい
る。


生きていることの意味と、人を愛するということの意味を深く体で知ったあの朝、
皺だらけになったシーツと彼の腕にくるまれながら、ぼくは汚れたことの喜びに体
が震える程の感動を味わった。



(だからもう使わない)


――でも捨て去ることも出来ない。


たった一度しか使わなかった青いシーツは、二度と取り出されること無く、ぼくと
彼が愛し合った証として永遠にクローゼットの奥に仕舞い込まれることになった
のだった。



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お初祭り開催おめでとうございます♪

「お初祭り」を知って嬉しくて書いたのが夏だったので季節はずれに夏の話です(^^;すみません。
ヘブンリー・ブルーという朝顔は本当にあって、とても綺麗な青色をしています。


サイト内で「切な系百題」というものをやっていまして、これはそのお題の中の一つ「天上の青」です。
他にも色々ありますのでよろしければそちらも見てみてください。


2006.10. しょうこ

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