十五のぼくへ




用事があって実家に行って、ついでに読みたかった本を取りに部屋に入る。

実家のぼくの部屋は出て何年も経った今も手をつけること無く残してあって、机と碁盤こそ
無いものの、本棚や中の本は出て行った時そのままで時間が止まったように見える。


「アキラさん、頂き物がたくさんありますから帰る時には持って帰ってちょうだいね」

奥から聞こえてくる母の声に振り返って「はい」と言う。

「進藤さんは甘いものも大丈夫なのよね?」

重ねて聞こえて来る声に今度は小さく笑って「はい」と答える。

「甘党なので、和菓子でも洋菓子でも大丈夫です」

最初は非道く反対されたが、今では父も母もぼくと彼のことを理解してくれている。

全ての人に理解されているわけでは無いけれど、自分を生み、育ててくれた両親に受け入
れて貰えたぼくはとても幸運だと今更ながら思う。



「詰碁集と…後どれを持って帰るのだっけ」

今日はふと思い出し、読みたくなってしまった本を持って帰ろうと思っていたのだ。

「アキラさん、御用が済んだらカステラを切りますからお茶を飲んでから帰ってくださいね」
「はい―」


たまに帰ると嬉しいのだろう、忙しなく母の声がかかる。

「…この小説と、この随筆と…後」

この本はなんだっただろうかと下の方の段にあった本を一冊引き出して開いて見た時に
ぱさりと何か白いものが落ちた。


「なんだろう……?」

足元に落ちたそれは折りたたんだ紙片で、二、三枚重ねたものをきっちりと四つに折って
ある。


「何かメモでもしたのかな」

何気なく拾い上げ、開いてみて驚いた。それはぼくから進藤への手紙だったからだ。

『拝啓 進藤ヒカル様』

全く覚えが無いそれには切羽詰まったような自分の気持ちがつらつらと連ねてあった。


「嘘だ…」

びっちりと几帳面な字で思い詰めたように綴られてあるそれは、生々しく痛々しい程の自
分の彼への気持ちで、けれどそんなものを書いた記憶はぼくには全く無いのだった。


(いつ書いたんだろう)

そんなにも密に書いた手紙なのに肝心の日付は書いていない。

最初から出すつもりは無かったのだとしばらく考えてやっと気が付いた。


「恥ずかしい…」

何歳の自分が書いたものかはわからないけれど、少なくとも彼に特別の感情を抱くよう
になった後だということはわかる。


そしてそれが叶わないものだと諦めて、伝えられない苦しさに悶えていたことだけが、連
ねてある文字とその行間からは伝わって来た。




『ぼくはキミが好きです』

好きで好きでたまりません。

『でもきっと、キミはこんなぼくを受け入れることは出来ないと思います』

青臭く、こそばゆく、改めて読むのが居たたまれない程の必死な自分。


「出さなくて良かった…」

こんなにも生々しい手紙を彼の目に触れさせなくて良かったとしみじみと思いながらなん
だかふと泣きたくなった。


「そうだよね…」

ぼくはこんなに彼のことが好きだった。

そして今も―――。


「アキラさん? もうカステラを切ってしまったから早くこちらに来て頂戴」

再び聞こえた母の声にはっとして目尻を拭う。

「はい―」

はい、今行きますと答えて、それから持っていた手紙を引きちぎろうとして止めた。

「…さよなら、この頃のぼく」

そっと囁いてまた同じ本の同じ場所に挟んで元の場所に仕舞う。

「大丈夫、今のぼくは幸せだから」

彼と愛し合い、幸せに暮しているから大丈夫だよと呟いてぼくは部屋を出た。

きっちりと収まり、もとのように並んだ本棚は本を引き出したことなど無いように見え、と
てもその中にぼくの生々しい『想い』と切なさが潜んでいるとは思えない。


万一にも自分以外の誰かの目に触れたりすることが無いように、破り捨てるべきであっ
たとは思うけれど。



「大丈夫…大丈夫だよ」

キミの気持ちはきっと彼に届くからと、部屋の中、泣きながらしたためていただろう過去
の自分の幻に囁く。


「大丈夫」

(大丈夫だからもう―泣かないで)


「アキラさん?」
「はい」


今行きますと母の声に返事をして廊下に出る。

薄暗い部屋の中、まだぼくの残像が畳の真ん中に座り込み、途方に暮れたような顔で
こちらを見ているような気がしたけれど、ぼくは静かに襖を閉め、もう二度と振り返るこ
とは無かったのだった。




※この話のタイトルは言わずと知れたあの曲のタイトルをもじったものです。タイトルは「十五」ですが、十五才のアキラが書いたもの
では無いんじゃないかなと思います。でもなんとなく。



先日車に乗っている時にカーラジオでこの曲がかかりまして、ふと実家の整理をしていた時のことを思い出しました。
父も母もいなくなった家で昔自分が高校時代に使っていた学生鞄を捨てる前に開けてみたら中に手紙が入っていたんですよ。
それは友人宛のもので、でも読んでどんなに一生懸命思い出そうとしてもその時何があって自分がその手紙を書いたのか思い出
せませんでした。
どうして出さなかったのかな。あの頃の自分にもし会えたならば聞いてみたい気がします。  2009.3.1 しょうこ