暗夜行路




「海に行きたい」


一晩中言い争った後、明け方近くになって塔矢がぽつりと言った。


「いいぜ、どこ行く?」

「どこでも。海ならどこでもいい」


喧嘩の決着は着いておらず、お互いの気持ちもぐずぐずで憎しみに近いものすら覚えている。

それでも始発と共に電車に乗って比較的近い海水浴場に行った。


着いた頃にはうっすらと空は明るみ始め、それでもまだ気配はずっと夜に近い。

空気は冷たく、開いている店など一軒も無い街中を通り過ぎて二人で海岸に行った。

広々とした砂浜にももちろん誰も居ない。

昼間ならサーファーや犬の散歩で歩く人も居るのだろうが、如何せん時間が早すぎる。

爽快と言うよりは荒涼という感じの海を黙ってしばらく見つめていた。


「ぼくは」


唐突に塔矢が口を開いた。


「キミと居るのが辛い。とても辛くてたまらない。でも別れられない。別れたくない」


絞り出すような言葉は塔矢の本音で、その苦しそうな声音は聞いているおれの胸をも苦しくさせた。


「どうしたらいいのか解らない。だってキミはあまりにも……」


ざんと寄せる波の音が言葉に被さる。

あまりにも非道いからなのか、あまりにも頑固だからなのか、それとも別の言葉だったのか。

とにかくおれ達はどちらも一歩も引けないし、徹底的に闘わなければ矛を収めることが出来ない。

似ていないようである意味とても似ているのだ。


「じゃあ、おれが終わらせてやる」


おれは塔矢の腕を掴むと、引きずるように砂浜を波打ち際に向かって歩いた。


「進藤?」

「辛いんだろ。でもおれとは別れたくないんだろ?」


それはおれだって同じなのだ。


「だったらもう死ぬしか無いじゃん」


靴が波に触れ、一気に足首までが海水に浸かる。


「ちょ、……止めろ」


塔矢は体を引こうとしたが構わずそのまま歩き続けた。

ざぶざぶと波をかき、すぐに腰までの深さになった。


「進藤!」


叩きつけるような大声で塔矢が怒鳴り、掴んでいたおれの手を無理矢理振り払った。


「バカなことは止めろ! 死んだって何も解決しない!」


おれを睨む瞳の強さに、ああこいつのこういう顔が大好きだと思う。


「でも終わることは出来る。おれはこんなだから、おまえに優しく出来ないし、言いたいこと飲み込んで丸く収めるなんてことも出来ない。きっとこれからもおれ達夕べみたいな言い争いばっかして過ごすと思うよ」

「だからって」

「おまえはおれと居るのが辛いって言う。でも別れたくは無いって言う。おれだってそうだ。おまえと居るのはすごく辛い。でも辛くても別れるなんて選択肢は無い。だっておまえのことが好きだから」


愛してるよと言ったら塔矢の顔が泣きそうに歪んだ。


「終わらせてやるよ。おまえ、自分からは終わらせられないんだろ。おれ、何も出来ないけど、おまえと一緒に死ぬことは出来る。おれの命はおまえだけのものだから」

「……進藤」


切り裂くような鳴き声をあげて海鳥が頭上を飛んで行く。

さっきよりずっと明るくなった空の下、しばし沈黙した後で塔矢は俯くとぼろぼろと涙をこぼした。


「ダメだ。それでも死ぬなんてダメだ。キミと居るのは辛いけど、キミが死ぬのはそれよりもっと耐えられない程辛い」


帰ろうと言って塔矢はおれに抱きついた。


「弱音を吐いてごめん。キミにこんなことを言わせてごめん。今はもう……家に帰りたい」


しがみついてくる体をぎゅっと強く抱きしめる。

波は背中をも濡らし、髪も飛沫で濡れている。

びしょ濡れで、濡れた服は非道く重くて、その重さと醜悪さはそのままおれ達の恋愛を表しているかのようだった。


(それでも)


醜くても、重くても、辛くても、苦しくても。

愛し合って生きて行こうと、この日おれ達は海の中で決めたのだった。



※私の書くヒカルはよくアキラを引きずって歩いているなあと思いました。2015.10.11 しょうこ