思春期ってヤツは!
思春期というのは厄介だ。
男も女も体に特徴が表れて自分の体が気になるし、色気づいてほのかな恋愛感情を誰かに
抱いてしまったりする。
進藤ヒカルの場合、思春期はこの二つが同時に訪れた。
まず、もしかしたらそうなんじゃないかと思っていた相手をはっきり好きだと自覚して、次に自
分の体のことが気になって気になって仕方なくなった。
顔の美醜では無い。少なくともヒカルは醜いと言われる程の不細工では無かろうと自分のこ
とを判断していた。
背が低いのは何れ伸びるだろうことに期待して、体つきが今ひとつ逞しく無いのもこの先鍛え
ていけばそれなりになるだろうとも思っていた。
問題はそこでは無く、もっとピンポイントの部分だった。
要は自分のモノは不自然では無いか?
大きさや色や長さや太さ、果てはタマの大きさまでが気に掛かる。
小さすぎやしないか、不格好ではないか、剥けている剥けていないから始まって、毛の生え方
まで心配になる。
幸いにも剥ける剥けないの方は中学の始めの頃に自分でさっさと剥いてしまったので問題は
無かったが、後は判断する材料が無いのでよくわからない。
「…プールん時とかそこら辺あんまり気にして無かったからなあ」
数年前はそんなことより暑い中、冷たい水の中で泳ぐことの方に気が行っていた。
それは棋士になってからも同じで、和谷達と仕事で温泉地に行き、一緒に風呂に入ることもあ
ったけれど、そんな所など見もしなかった。
それを今激しく後悔している。
「これは…まあ、これから見て行くしかないかなあ」
幸い下っ端なので遠方での仕事は断りさえしなければいくらでもある。ヒカルは早速事務室に
行くと遠方の仕事の有無を聞き、あると聞くや否やこれ幸いと受けて、みんなのブツを見て回
ることに決めたのである。
「…なんだよおまえ」
最初の被害者は和谷だった。
「うん…ちょっと」
そしてあからさまにじろじろ見るものだから和谷は風呂桶でヒカルの頭をぶん殴った。
「気色悪いことすんな、何考えてんだおまえ」
「いいじゃん別に減るもんじゃ無し」
和谷のケチ、ドケチと言いながら今度は冴木の所に行く。
「冴木さんは…ふーん。うん、なるほど」
そして呆気に取られている間に今度は湯に浸かっている門脇の所に行った。
「門脇さーん、悪いけどちょっと見せてーっ」
あっけらかんと言われて、これもまたあっけらかんと門脇も応じて立って見せてやった。
「なんだ進藤、俺様のイチモツがそんなに気になるか」
「いや門脇さんのってか、みんなのが気になってさー」
おれのって平均行ってんのかどうか心配になっちゃってと言うヒカルの言葉に周囲の皆も
ようやく奇行を納得する。
「んなの、人それぞれだろうが」
「だけど気になるじゃん? あんまみっともなかったら嫌だなって」
「みっとも無いもクソもねーだろそんなの」
皆は文句たらたらだが、門脇だけはピンと来るものがあったらしい、ニッと笑うとこう言った。
「だったら緒方先生のを見せて貰ったらどうだ?」
恋愛百戦錬磨の緒方先生のを見せて貰えば一番いいモデルになるだろうと。
「解った、緒方先生ね」
和谷達が止める暇も無い。
ヒカルはぐるりと大浴場を見渡すと、外の露天に緒方精次の姿を見つけ、躊躇無く真っ直
ぐ駆けて行った。
「緒方先生っ、お願いします」
「なんだ進藤、何事だ」
のんびりと湯に浸かりながら熱燗を楽しんでいた緒方は、いきなり頭を下げられてさすがに
驚いたような顔をした。
「緒方先生のは、文句無く立派だって聞きました。だからどうか後学のために見せて下さい。
お願いしマス」
不躾と言えば不躾極まりない頼みだったが、有る意味男としてこれ以上名誉な頼まれ事も無
いので、緒方は渋い顔をしながらそれでも湯から立ち上がった。
「まったく…これだからガキは」
ザバッと湯から上がり、正面きって見せられてヒカルは素直に感心する。
「おー」
「これでいいか? 折角温まった体が冷えてしまう」
「あのー、何食ったらこんな感じになりマスかね」
「は? 知るか。適当にバランス良く食っていればいいだろう」
そしてけんもほろろに追い払われて、ヒカルは次の標的を探し始めたのである。
初段の進藤ヒカルが大浴場でみんなのブツを見て回っている。
それはまだ宴会場に居た者にも面白おかしく伝えられた。
「なんか、自分のモノと比べて回っているそうだよ」
「あの年頃はそういうのがやたら気になるものだから」
「そうそう、誰が大きいとか競ったりしたもんだよなあ」
年配者は自分達も覚えが無いわけでも無いので失笑しながらも比較的寛大に受け止め
ている。
もう少し年の近い者になると、比較されて負けたらと変な心配が入って来るので心中あま
り穏やかでは無い。
「なんでも緒方先生のも、拝み倒して見たらしいぞ」
「そりゃあ豪毅だね」
「もう参加者の半分以上は見て回ったんじゃないか」
後で誰が一番だったか教えて貰おうじゃないかと下品な笑いが起こる中、むっとしかめっ
面をしている者が一名居た。
アキラである。
ヒカルがしていることは下品極まり無く、呆れかえるばかりだが、それに怒っていたわけで
は無い。
(進藤、どうして)
どうして自分のは見に来ないのだと、それに侮辱されたような気持ちを覚えていたのである。
そもそも今日、アキラはヒカルより先に風呂に入っていた。
体を洗い湯に浸かり、しばらくした頃にヒカルが和谷達とやって来たのである。
その後、何やら和谷の所に近寄って行き、二人がぎゃーぎゃー騒いでいたのは見て知って
いる。
和谷の後、冴木の所に向かったのも知っている。
でもヒカルは自分の所には来なかった。
アキラはヒカルが何をやっているのか解らなかったのと、湯あたりしそうになっていたので不
審に思いながらも先に上がったのだが、そういうことだったのだと知ってカッと頭に血が上っ
てしまったのだ。
(ぼくのは見る価値も無いと思っているのか)
どんなことでもヒカルと対等で居たい。対等かそれ以上に扱われたいと願っているアキラは、
スルーされたことを侮辱されたように感じたのである。
気がつかなかったわけは無い。確かに一度目は合った。なのにヒカルはそそくさとアキラから
視線を外したのである。
それが値打ち無しとの判断だったのだとしたら許せないと思った。
「あれ? アキラどこ行くの?」
「もう一度お風呂に入って来ます」
「って、でもさっき入って来たばかりでしょう?」
「いいんです。また入りたくなったので」
むっとした表情のまま、アキラは宴会場を後にすると真っ直ぐに大浴場に向かった。
途中緒方に会い、「進藤は?」と尋ねるとまだ風呂に居ると言う。
「何かあいつに用か? 今行くのは勧めんが」
「大丈夫です。進藤が馬鹿なことをしているのは知ってます」
知っているからこそ行くんですと、頭から湯気を出しそうな勢いで廊下を走る。
そしてやっとたどり着いて暖簾をくぐると、ヒカルは脱衣所で和谷達とくつろいでいた。
『馬鹿なこと』をやりすぎてかなり逆上せ気味になり、扇風機の風で冷やしていたである。
「まったくおまえは本当にろくなこと思いつかねーよな」
呆れたように言う和谷は、ヒカルが狼藉を働いて回っているので心配で出るに出られなかっ
た。それで同じように少し逆上せ気味なのである。
「悪かったよ、でもおかげで大体平均値みたいなのは解ったし」
「で、なんだよ。一番立派なのは緒方先生のだったか?」
「うーん」
考えて口を開きかけた時、アキラがずかずかと近寄って来たのである。
「見つけたぞ、進藤っ」
「って、塔矢なんで戻って来てんの、おまえ」
「聞いたぞ、キミはみんなの性器を見て回っているというじゃないか」
そして自分のと比べていると。
「なのにどうしてぼくのだけ見に来ない」
「いや、別にそういうわけじゃ…」
「だったら見ろ、見てちゃんと勝負しろ」
言いながらばっと浴衣を脱いでしまったので、ヒカルは座っていた椅子から転げ落ちそう
になった。
「ばっ…馬鹿っ、やめろって」
「なんだ? 他の人のはみんな見て、でもぼくのは見られないとでも?」
そんな価値も無いというのかと下着も脱ごうとしたものだからたまらない。ヒカルはまだ逆
上せも収まっていないのにガラス戸を叩き付けるように開けると浴室の中に逃げ込んだ。
「待てっ、進藤っ、尋常に勝負しろっ」
アキラはアキラで元々ヒカルに対しては視野角が狭く、今は頭に血が上っているものだか
ら手がつけられない。
さっと下着も脱ぎ捨てると、一糸まとわぬ姿でヒカルの後を追いかけた。
「ば、来るなって、馬鹿っ」
「どうして逃げる。ちゃんと見ろ」
「ヤだってば、来んなよおまえ」
ヒカルはアキラを見る価値が無いと無視したわけでは無かった。
むしろ見たいという意味ではとても見たい。でも見られなかったのである。
何故ならヒカルが好きだと自覚した相手こそがアキラだったからだ。
ずっとそうかもしれないと思っていたアキラに自分が恋愛感情を抱いていると知って、真っ
先に思ったのが自分のブツがアキラに相応しいものかということで、だから今回の行為に
繋がったのである。
もしいつか運良くそういう関係になれたとして、見せてがっかりされるのは嫌だ。
なるべくならば見栄えの良いモノでありたいと、そう願ったからこそ人のを見て回っていた
のである。
それを肝心のアキラが怒って自ら見せに来るとは思わなかった。
「進藤っ、待てっ」
「嫌だ、待てるか」
そこそこに広い浴場の中をヒカルは散々逃げ回り、でも最後にはとうとう追い詰められて
しまった。
「観念しろ、進藤」
「わーっ、来るな、来るなってばっ」
ヒカルは浴場の片隅に追い詰められてしゃがみ込んだ。そして迫って来るアキラに目のや
り場が無くなって両手で顔を覆ってしまった。
「とにかく、何がなんでも見て貰うからな」
「嫌だ。おまえのなんか死んでも見ねえ」
ヒカルにとっては必死の言葉だが、アキラにとっては怒りの火に油を注ぐだけでしか無い。
「見ろったら、見ろ」
「わーっ、勘弁してええええええええっ」
ヒカルがあげた悲鳴は遠く離れた宴会場まで届いたという。
こんな騒ぎになって誰も何もしないわけが無く、程無く緒方を含めた数人の大人がやって来て、
ヒカルとアキラは連れ出された。
そして嫌という程怒られる予定だったが、ヒカルは脱衣所に戻った所で倒れてしまった。
元々逆上せ気味だったのを追い回されて、暑い浴室の中で揉み合っていたのである。しかも
目の前には恋する相手のモノが恥ずかしげも無く晒されている。
色々な意味でヒカルはもう一杯一杯、限界だった。
「あー…」
バタンと絵に描いたように倒れたのを緒方が引っ張り上げてやり、脱衣所の簀子の上に寝か
せてやった。
もちろん一番大切な部分は晒されたままで、である。
「…ふうん」
しばらく経って意識を取り戻したヒカルは、心配そうに見詰めるたくさんの目の中に、興味深
そうに自分のブツを見詰めるアキラの目を見つけた。
しげしげと本当に興味深そうにヒカルのモノを眺めたアキラは、ヒカルの視線に気がついて顔
を上げると邪気の無い笑顔でこう言った。
「思ったより、全然大きく無いじゃないか」
これならぼくと変わらないよと、満足そうにヒカルに言う。
アキラは悪意で言ったわけでは無く、安心して言っただけだった。
人のを見て競いたがる程、ヒカルのモノは大きくて立派なのかと非道く心配だっただけに、自分
とそう変わらない様子にほっとしただけだったのだけれど、ヒカルにとってはそれは違う。
『小さいね』
アキラの声はそう耳に響いたのである。
最低最悪。
思春期は本当に馬鹿なことしかしない。
以来ヒカルは二度と人のモノを見て回ることは無くなった。
そしてアキラに対しても相当に腰が退けて、告白し恋人になってからも中々関係を先に進めるこ
とが出来なかったのだった。
※もちろんその後育ちました。緒方先生とも勝負出来そうな大層立派な息子さんです。
そしてそして、この話がいつぞや日記で裏にしようかどうしようか迷った話です。いやーだってねえ(^^;
こんなしょーもない話ですがあははと笑って読んでいただけたなら嬉しいです。
すみません。すみません。有明の夏の祭典の代わりにはとてもなりませんが今年はこれを置いて行きます(汗)
2012.8.11 しょうこ