ブーケ・トス




奇跡のように花束は、真っ直ぐに手の中に落ちてきた。

知り合いの棋士の結婚式、進藤と二人で招かれたぼくは、他の招待客と一緒に幸せそうな
二人に惜しみなく拍手を贈っていた。


式も進み、ブーケトスが行われることになった時、花嫁の周りに集まって行く女性達とは逆
にぼく達は遠ざかり、邪魔にならないように見詰めていた。


期待するようなたくさんの眼差しの中、後ろを向いた花嫁がゆっくりと腕を振り上げて花束
が放り投げられる。


それは本来なら女性達の中に落ちるはずだったのだろうが、どういう間違いかまっすぐに
ぼくの方に飛んで来て、そして狙ったようにぼくの手の中に落ちたのだった。


「まあ…」

がっかりしたような溜息と、複雑な視線。どうして男のぼくが受け止めてしまったのだと責め
るような目もあったけれど、花束の方が落ちて来たのだから仕方が無い。


「まあ――でも、それじゃあ」

ざわめく空気を収めたのは花嫁で、如才なく笑顔を浮かべるとぼくに向かって言ったのだっ
た。


「それじゃ、次は塔矢さんっていうことね」

誰か意中の方はいらっしゃるのと微笑まれて、ぼくは一瞬躊躇った後に「ええ」と小さく呟くよ
うに答えた。


「おめでとうございます。きっと幸せになりますよ」

だって最高に幸せな私のブーケだからと言われて周囲もやっと、ほどけたように笑った。

「おめでとうございます。更にもっとお幸せに」

ぼくの言葉に皆も笑って、それから皆はぼくから離れて行った。



「その花束、狙ったようにお前ん所に来たな」

すぐ後ろに居て、ぼくを守るように立っていた進藤は、周りから人の姿が無くなるとそっと耳
元に囁くように言った。


「うん、驚いた。こんなことにならないようにわざと遠くに立っていたのにね」

それなのにこういうこともあるのだと、思わず知らず苦笑してしまう。

「それ、花束を受け取ったヤツが次に結婚するんだよな?」
「うん……そう」


白いレースとピンクのリボンで括られた、淡い色の優しい花束。

「嬉しい? …それとも悲しい?」

そんなもの貰って、あんなこと言われて本当は傷ついたんじゃないのかと気遣うように言わ
れてぼくは目の前の花束をじっと見た。


花嫁自らが選んだという花々は決して派手では無いが香り高く目に心地よい。

そっと顔を近づけてその香を嗅ぐと、胸一杯に日だまりのような温かさが広がったような気
持ちになった。


「悲しい? ……そうだね、ぼく達はあんなふうに式をあげることも祝福されることも無いもの
ね。でも―」


ぼくを包み込むような進藤の気配を体中に感じながらぼくは微笑んだ。

「笑うかい? ぼくは嬉しいんだよ」
「嬉しい? ホントに?」
「うん。どうしてなのかわからないけれど、こんなふうにキミと居て、それで花嫁から花束を受
け取った」


そのことがとても嬉しかったと言ったら、進藤はゆっくりと息を吐いた。

「キレイだな、それ」
「うん、とても綺麗だ」
「それにイイ匂い」
「うん、嗅いでいるだけで嬉しくなるようなそんな香りだよね」


ピンク、黄色、白はバラか?

花のことは詳しく無いからわからないけれど、今この瞬間、この花束がぼくを幸せな気持ち
にさせていることだけは間違い無かった。


「バカだろう?」

微笑みながら振り返り、進藤に言ったら彼は真顔で否定した。

「なんで?」

おまえがバカならおれはもっとバカだよと、そしてそっと周囲を見回してからぼくの頬にキス
をする。


「その花よりもおまえが綺麗で、その花よりもおまえの方がイイ匂いなんて思っちゃうんだから」
「いつもだろう、キミは」
「いつもだけど今日はもっと余計にそう思う」


幸せだって言うおまえを見ているだけでおれの方が幸せだと、そして更に顔を近づけて口づけ
をするかと思わせて彼はぼくが抱いている花束をくんと子犬のようにして嗅いだ。


「幸せにする、絶対」
「……え?」
「おれの命かけて、絶対におまえのこと幸せにするから」


だからこの花束、ずっと取っておこうなと言われて思わず泣きそうになった。

「ありがとう」
「ありがとうはおれの方だって」



大切なもの。

手に入らないもの。

既に持って離せないもの。

本当に些細な望みさえ、叶えるには多大な苦労を強いられる。


(でも…)

幸せだ。

ぼくは幸せだと心から思った。

ぼくを幸せにしたいとそう誓ってくれた彼が今ぼくの側に居て、ぼくを愛してくれているから。

その愛情がぼくにとっては永遠に色褪せぬ、香りも失せぬ花束だとそう進藤に言ったら彼は
笑って、花束で隠すようにしてそっとぼくにもう一度優しいキスをくれたのだった。




※6月ということでジューン・ブライドネタです。アキラには幸せになって欲しいそれだけです。

2009.6.1 しょうこ

★ついでにおまけヒカル視点↓


手の中にすとんと落ちて来た花束を見て、塔矢は一瞬驚いたような顔をした。
そうしてから「困ったね」と呟いて、でもはにかんだように小さく笑った。
その顔がとても嬉しそうだったので、おれはこいつを絶対に幸せにしようと思ったのだった。