父と母とぼくと進藤
「しょうがないわねぇ」
ぼくが進藤への気持ちを打ち明けた時、母はしばらくたってから溜息のようにそう言った。
「好きだって言うなら仕方無いわよね」と。
一般的な反応がどうなのかは知らないけれど、絶対反対されると思っていたのでぼくは非道く拍子抜け
した。
「…反対しないんですか?」
「反対したって聞かないでしょう」
あなたは昔からそうだものと笑われて頬が熱くなる。
「すみません」
「何故謝るの? 進藤さんを好きって言うのは本当のことなんでしょう?」
「…はい」
「だったら仕方無いじゃない。そんなに萎縮しないで堂々としてらっしゃいよ」
元々少し浮世離れした所のある母だけれど、それにしても一人息子がパートナーに男を選んでも平気
なものか気に掛かる。
「え? 男同士? そうね。確かに孫の顔は見られないわね」
でもそんなもの、男女で結婚したとしても神様のお気持ち次第なんだからと、さらりと流されて驚いた。
「そう…ですね」
「それよりもどちらかと言えば、私はあなた達の気持ちの方が心配だけど」
人の選ばない道を歩くのは風当たりが強い。それに負けずにいられるかしらと言われて「平気です」と
即座に返した。
「少なくともぼくは大丈夫です」
そして彼も大丈夫だと思う。
「そうね、進藤さんは見かけよりずっと大人ですものね」
にっこりと笑う母がどれくらい進藤を理解しているのか解らないけれど、少なくとも彼が『大人』だと言っ
たのは当たっていると思う。
「まあ、あまり気張らずにゆっくりと行きなさい」
お父さんにはそれとなく前触れをしておいてあげるからと言って一世一代の覚悟の告白は幕を閉じた
のだった。
なんとなく腑に落ちないような、騙されたような気持ちで部屋に戻ったけれど、後になって父の口から父
と母が結婚した時に随分と大変だったという話を聞かされた。
「年の差もあったし…他にも色々とな」
「他?」
「私と出会った頃、明子は結納も済ませた相手が居たから」
それを父と出会ったことで翻して、母は父の元に押しかけたのだと言う。
「まだ好きとも嫌いとも言ったことが無い時だったのに、随分思い切ったことをする女性だと思ったよ」
金銭的なこともあるし、対外的なこともある。何より最初は母の一方的な片想いから始まったことなの
で随分と悪し様に言われたらしい。
それでも母は気持ちを折らなかった。常にぴんと背筋を伸ばし、一輪だけ生けた花のように凛として立
ち続けたのだと言う。
「おまえは…私よりお母さんに似ている」
そうやって敢えて険しい道を歩いてしまう所も、それでも志を曲げない所も。
「進藤くんも大変な選択をしたものだ」
苦笑のように笑って言う。それが男同士の結婚を意味しているのか、その相手にぼくを選んだことなの
かは解らない。でも―。
「お父さんは後悔しているんですか?」
そんな母を選んだこと。
「それか後悔したことがあるんでしょうか?」
ぼくの問いに父は少し驚いたような顔をして、それから「いや、一度も無い」ときっぱり言い切った。
「あそこまで鮮やかな生き方を見せられて、それで他を見ることなんて出来るものかな」
出来ないだろうと穏やかな声で言ったのでぼくはほっと安心した。
ぼくに似ているという母は父と結婚して幸せになった。
父もまたそれに後悔していないと言う。
(だったら)
きっとぼく達も幸せになるだろう。
途中の道は関係無く、進藤がどう思うかも知らないけれど、たぶんきっと後悔はしないでくれるのでは
ないかとそう思った。
※力碁ゴリ押し家族。あまり世間一般の常識には囚われません。自分の気持ちに正直に生きる人達。それで傷ついても苦労しても
納得の上で全て引き受ける。そういう人達です。大変だなヒカル。2012.10.20 しょうこ