相合い傘
走って来る水音が近づいて来たかと思ったら、進藤がひょいと傘の中に入って来た。
「悪い、入れて」
いつものことなので溜息をつきつつ、傘を少し傾けてやる。
「…また持って来なかったのか」
「だって家を出る時は降って無かったし」
「天気予報では降るって―」
「おれ見ねぇもん。面倒臭い」
自分でそう言い切るように、進藤ヒカルは天気予報を全く見ない。
ほんの少し時間を割いて、新聞なりテレビなりを見てくれば済むことなのに、面倒臭いと見ないのだ。
「前にも言ったけれど、大体6時50分過ぎか7時50分過ぎみたいな時間の終わり頃にやるから」
「だからそれを一々テレビの前で待つのが面倒なんだって」
新聞も一応取ってはいるらしいが、目を通すのはテレビ欄のみで他の所は見ないらしい。
「だったらせめて出かける時には必ず傘を持つようにすればいいのに」
「そんなの、荷物になるじゃんか」
ああ言えばこう言う。これでは実家に居る頃は彼の母親はさぞ苦労したことだろう。
「そんなことより、この前、山下先生の研究会でさ―」
髪から滴を垂らしていると言うのに、そんなこと扱いで切り捨てる。
無邪気というより無頓着な、でもぼくは彼は『そういうもの』なのだと思っていた。
それがある日、街中で彼と彼の友人達を見かけたら、彼は一人だけ傘を差さずに歩いていた。
小雨というには無理のある、結構な本気降りだったように思う。
なのに彼は友人の誰の傘にも入らずに、まるで晴れた日ででもあるかのようにアイスなど食べながら
歩いているのだ。
(イジメ…?)
どうして誰も彼を入れてやらないんだと、さては仲間はずれにされているのかと一瞬妙な心配をしてし
まったくらいだ。
でもどう見てもそんな雰囲気では無く、彼も彼の友人達も楽しそうに笑い合っている。
「キミ…どうして和谷くんの傘に入れて貰わなかったんだ」
後日進藤と会った時、ぼくはどうしても尋ねずにはいられなくてそう言った。
「え? 何の話?」
「この間、取材の帰りに君達を見かけたんだけれど、キミは一人だけずぶ濡れになっていた。どうして
誰かの傘に入れて貰わなかったんだ」
「だってそんなの」
あっさりと彼は言った。
「男同士で相合い傘なんてしてたら、まるでホモみたいじゃん」
だからおれだけじゃ無く、みんな傘を忘れた時は濡れて歩いているよと言われて驚いた。
「…そういうものなのか」
「そーゆーもん。大体一つの傘に野郎と密着して入るなんて嫌じゃんか」
「でも…」
でもキミはぼくの傘には入って来るよねと言ったら進藤は目を見開き、それからこれもまたあっさりと
言ったのだった。
「だっておまえと一緒に傘に入るの嫌じゃないから」
むしろ好き、二人だけでゆっくり話が出来るからと言われて頬が染まった。
「でも…そうしたらその…『ホモみたい』に見えるんじゃ…」
「別にいいよ。おまえとだったら」
おまえとだったらどう見られても人にどう思われても構わないからと言われて更に頬が熱くなった。
「ぼくとなら…いいんだ?」
「あ、でもおまえは嫌だった?」
嫌だったら止めるけどと言われて慌てて彼に言う。
「いや…全然構わない」
ぼくもキミとだったらどう見られても人にどう思われても構わないからと言ったら、進藤はにっこりと
笑った。
「そっか、じゃあ問題無いな」
「ああ、全く問題無い」
その会話の持つ意味をお互いにどれくらい理解していたのかぼくにはわからない。
あの時はまだぼく達は子どもだったから。
でもあれから十年が過ぎ、大人になった今でも、ぼく達は雨の降る日には一つの傘の中、仲良く一
緒に入って歩いている。
※不思議と男同士の相合い傘って見ないですねえ…。2010.6.20 しょうこ