ラストラスト



目を開いたら、ぼくを見下ろしている進藤の瞳と目が合った。

寝ているぼくの頭のすぐ側に俯いて座っている進藤は、まるで泣き出す五秒前のような顔をして
いる。


「進―」

呼びかけようとしたら指で口を塞がれた。

「しゃべんないで…ごめん」

薄暗い部屋の中、窓からの光に浮かぶ彼の顔は非道く苦しそうで、見ているだけでこちらも辛
くなる。


「卑怯だって解ってるけど、でもまだ…おまえが何を言うのか怖くて聞けない」

謝らない、でもごめんと矛盾に満ちた言葉を口にして、そしてぎゅっと目を閉じた。

(ああ…)

口を塞ぐ彼の指には微かに青臭い残り香があって、夕べ彼としたことを思い出した。

どうしてそうなったのかはまだ思い出せないけれど、ごく普通に会って、打って、くだらないことを話
して、何もかもいつもと同じだったのに、気がついたら彼がぼくの上に居た。


そして思い詰めたような目で言ったのだ。

『抱かして』

ごめんと、あの瞬間にも彼はぼくに謝っていたっけ。

(どうして)

謝るくらいならするのだと、それとも謝っても尚止められないくらいそれは強い衝動だったのかと
今も彼に尋ねたいけれど、決別の予感にがんじがらめになって座っている進藤にそんなことは言え
ない。



痛かった。

苦しかった。

進藤は決して優しくは無かったし、むしろ暴力を受けたのに近いのでは無いかと思う。

けれど不思議とそのことに欠片の怒りも感じ無い。

(なんだろう…)

むしろ嬉しかったように思うと考えながら再び彼を見る。

(そんなにキミはぼくを好きだったのか)

確かめる前に力でねじ伏せて自分の物にしてしまいたくなるくらい、ぼくに執着していたのかと、そ
れが胸に熱く染みる。


『離して』

塞がれた口で、もごもごと喋ったら、進藤は怯んだような顔をして、でも逆らうことはせずに指を退
かした。


「進藤」

ぼくの放つ言葉の一つ一つが鞭のように感じられるらしく、痛そうに顔を顰める。


どうしてぼく達はこんなに痛々しいことになっているんだろう?

もっと早くお互いの気持ちを伝え合っていたらこんなことにはならなかったのかもしれないのに。

体中に溢れる彼への気持ちに突き動かされ、ぼくはすっと息を吸い込んだ。

その瞬間、死刑の宣告を受けるかのように進藤が目を瞑る。

「怒ってないよ」

閉じられた瞼が驚いたようにすぐ開かれる。

「何で―」
「非道いことをされたとは思うけど、別にキミを怒ってなんかいない」


寝かされた布団からそっと手を出して彼の揃えられて膝に置く。

「きっとキミは信じないと思うけど、ぼくはキミが―」

好きだよと言いかけた言葉を再び彼の指が塞いで止めた。

「そんなこと言うな」

頼むから言わないでと、でも今度はぼくも大人しく塞がれたままではいない。

自らの手で彼の指を引き剥がして、睨むようにして言った。

「どうしてキミはそんなことを言うんだ」
「おれは嘘の言葉なんか欲しく無い」


おまえは優しいから、だから嘘をついてるんだと言われて思わず反射的に彼を殴ってしまった。

バシっとかなり痛い音がして、進藤が顔を思いきり顰める。

「あのね、キミがどう思っても構わないけれど、でも解ったようにぼくの気持ちを言われることだ
けは我慢出来ない」


いいかよく聞けと、起きあがって彼の真正面に座る。

するりと落ちた掛け布団の下、ぼくは何も身につけてはいなくて今更ながらその生々しさに苦笑
する。


「ぼくはキミが好きだよ」
「嘘だ」
「ずっとキミのことが好きだった」
「止めろってば!」
「だからキミに触れられても、拒む気持ちにはならなかった」


嬉しかったんだよと頬に触れ、どうしても俯いてしまう彼の顔をこちらに向けさせる。

「どうしてキミは加害者のくせにそんな傷ついた顔をしているんだ」
「だっておまえに非道いことした」
「非道く無いよ」
「非道いよ―」
「もし本当に非道いことがあるとしたら、今この瞬間にぼくの気持ちを否定して聞いてくれないキ
ミが非道い」


もう片方の手で反対側の頬にも触れると、進藤もまたぼくの頬におずおずと手を延ばして来た。

「おれのこと、嫌い?」

どうして逆から聞いてくるのか。

「好きだよ」
「あんなことされたのに許せんの?」
「許す」
「おれのこと、もしかして本当に―好き?」


触れている頬から彼の熱が伝わった。

「キミが望むなら、嫌いだって言ってあげたっていい。でもぼくは…」

一番最初に好きだってキミに言ったよと、言葉にした瞬間彼の顔がくしゃっと歪んだ。

そして初めて少しだけ口元に笑みに近いものが浮かんだ。

「嘘みてぇ…」
「言って無いのはキミの方だ」


責めるつもりは無かったのに思わず口調がキツくなる。

「そうだな。ごめん」

おれも一番最初に言うべきだったと、進藤はぼくの指を握り取ってそのまま泣くのを堪えるか
のように顔を埋める。


そうしてから掠れた小さな声で、「おまえが好き」と言ったのだった。


※へたれヒカル。勢いでやっちゃったけど、我に返った後で失うかもと気がついて恐ろしさに何も出来なくなってしまった。
アキラはどうしてヒカルがそんなに怯えるのかが解らない。そこら辺、スカッと噛み合わなくていいと思う。
2012.7.12. しょうこ