待ってる




そこに居ると聞いた場所にヒカルが行ってみると、アキラが人待ち顔で佇んでいた。

まだ若い。14、5歳の頃だろうか。

でも少し畏まった場所に行ったのか、きちんとスーツを着込んでいる。

アキラは思い詰めたような目で遠くを見つめていたけれど、ヒカルが近づいて来るのに気がつくと急にムッとしたような不機嫌な顔になった。


「塔矢」


ヒカルが声をかけても返事もしない。それどころかはっきりと認識したはずなのに、あからさまに顔を背けた。


「おまえ、こんな所で何やってんだよ」


苦笑しつつヒカルはアキラの前に回り込む。さすがに目の前に立たれては無視することも出来ず、アキラは渋々口を開いた。


「ちょっと……用があって。キミこそこんな所で何をやっているんだ」

「何って、おまえがおれのこと待ってるって聞いたからさあ」


サッと、よく見なければ解らない程微かにアキラの頬に赤みが差す。


「ぼくは別にキミを待ってなんか―」


尖った口調で突き放すように言うのをヒカルはやんわりとした笑みで受け止めた。


「もういいからさ、そういうのは。帰って一緒に検討しようぜ」

「検討?」

「うん。今日のおれの一戦、並べて見せてやるから」


そして有無を言わさずヒカルが手を握るのをアキラは驚いたような顔をして見つめ、でも拒まなかった。


「どうせ情けない結果だったんだろう?」


素っ気無い風に言いながら、ヒカルに引かれるようにして歩き始める。


「は? 勝ったよ。負けるわけねーだろが」

「どうだか」


そして数メートル程歩いた所でふっとアキラの姿は消えた。

嬉しそうに口元に笑みを浮かべたまま、霞のように消えたのだった。




佇んで、ふいに空いてしまった右手をヒカルが寂しそうに見つめていると、一部始終を眺めていたアキラがやって来て、なんとも苦い顔で口を開いた。


「恥ずかしい。……嫌なものだな。自分がこんなに執着が激しい人間だと思い知らされるのは」


先程のかき消えたアキラとは違い、ヒカルとほぼ同じ歳くらいの青年の姿である。


「おれは嬉しかったけど?」


顔を上げたヒカルは、アキラを見てニッと本当に嬉しそうに笑った。




とある街に塔矢アキラによく似た幽霊が出る。そんな噂を聞いて、二人はやって来たのだった。

幽霊も何もアキラはちゃんと生きていて、だったら何故幽霊なんぞが現れるのかと不思議だったのだが、姿を見て少なくともアキラは納得した。

聞いていた場所、時間に現れたのは、遙か昔まだ二人が反目し合っていた頃のアキラだったからだ。


「おれは別におまえのこと避けてなんかいなかったよ」


帰る道々ヒカルは言う。


「おまえが一方的におれのこと嫌ってただけじゃん」

「だってキミには非道く失望させられたから」


ムッとしたような顔をしながらアキラが返す。


けれど、それでもアキラはヒカルを意識から消すことが出来なかった。

強く、強く、惹かれ続けていた。


「……いつもキミのことを考えていたかな。キミの姿、キミのしていること、対局の結果とか気になって仕方無かった」


その頃の『想い』が、こぼれて残ってしまったのかもしれない。


「この街、確か昔来たことがある。父の知り合いの研究会に顔を出して、そうしたらそこでキミの話が出て」


考えまいとしても考えてしまった。


「嫌だな。もしあんな風にあちこちにぼくの未熟さがこぼれ落ちているのだとしたら」

「おれはいいぜ? 全部綺麗に回収してやる」


おれのことを大好きな昔のおまえを一人残らず迎えに行くよと言われてアキラはヒカルを蹴った。


「自惚れるな」

「でも、そうだろう?」


ああやって時を経てまで残ってしまうくらい、アキラはヒカルを想っていた。それがヒカルは嬉しくて切ない。


「おまえが、おれのことあんなに好きでいてくれてすごく嬉しい」


悪びれなくヒカルはアキラに手を差し伸べる。


「愛してるぜ、天の邪鬼」


アキラは一瞬躊躇して、それからその手に自分の手を重ねた。


「ぼくは嫌いだよ。キミみたいに思い上がった自惚れ屋の自意識過剰は」


けれどそう言いつつヒカルの指にしっかりと手を握られながら歩く、そのアキラの顔は先程消えた昔のアキラと同じ、少しだけはにかんだ幸せそうな微笑みを浮かべていたのだった。


※ヒカルのことを考えて悶々としていた色々な時のアキラが、日本のあちこちにぽつねんとヒカルを待っていたらいいなと思います。
そしてヒカルはちゃんと全部のアキラを迎えに行けばいいと思う。 2015.9.13 しょうこ