目隠し碁



碁会所で打っていて、ふと一色碁の話になった。


「そういえばおれ、ずーっと前、倉田さんとそれで打ったことがあってさ」


ぼくが置いた白石を見て、進藤が思い出したように言ったのだ。


「キミが倉田さんと? どうして?」

「うん、まあちょっと色々あって。で、おれそんなの初めて打ったから難しくて負けちゃったんだけど」


でも凄く面白かったと進藤は言う。


「ああいう遊びみたいな打ち方って他にもあんの?」

「遊び……そうだね。そう言えばぼくも昔、目隠し碁を打ったことがあるけど」

「目隠し碁? 何それ」


わくわくと進藤が食いついてくる。


「いや、文字通り盤上を見ないで打つ碁で」


言いながらぼくはほろ苦さを覚えた。

それは数少ない海王中囲碁部での、あまり喜ばしくない思い出に繋がっているからだ。

けれど進藤はぼくの気持ちなどお構いなしに、新しく知った打ち方を試したそうな顔になっている。


「なあ!」

「……打ちたいんだね。いいよ別に。研究会でたまに打つこともあるし、覚えておいてもいいかもしれないね」

「やった!」

「それじゃ、ぼくから始めるから―」


言った瞬間、進藤が立ち上がってぼくの後ろに回った。

そして両の手でぼくの目をふわりと隠す。


「目隠ししたぜ? それで?」


あっけらかんとした声を聞きながら、ぼくは凄まじい勢いで顔が赤く染まって行くのを感じた。


「なあなあ、それで次どーすんだよ」


文字通りと言ったぼくの言葉を進藤はそれこそ『文字通り』受け取ったらしい。

目隠し碁=目隠しをして打つ碁だと。


(でもそれは断じて、お互いに相手の目隠しをしながらする碁じゃない!)


言いたくて、でも恥ずかしさのあまり何も言えない。

進藤の指は温かくて、心地良くて、でもそれが更にぼくの居たたまれなさに拍車をかけた。


「なー塔矢、早く始めろって、指疲れるじゃん」


口を尖らせているらしいのが気配で分かる。


「ちっ――」

「ち?」

「違ーう!」


数秒後、怒鳴ってぼくは進藤の手を払いのけた。


「どこの世界に目隠ししながら打つ碁がある!」

「えー? おまえが言ったんじゃん!」

「そうじゃない!」


不満そうな進藤に改めてちゃんと説明をし、正しい打ち方でぼく達は『目隠し碁』を行った。

久しぶりにやるそれは進藤が相手だと難しく、でも想像以上に楽しかった。

けれどその日彼と別れて家に帰ってからもずっと進藤の指の感触が目の周りから消えず、布団に入って眠ろうとしても絶えず蘇り思い出された。

温かく、優しく、恥ずかしい。

ともあれ、長らくぼくの中で良い印象では無かった『目隠し碁』は、この日以来ぼくにとって最高に幸せな打ち方に変わったのだった。



※ほのぼの目隠し碁。ヒカルって素で本当にやりそう。それでアキラが死ぬ程真っ赤になると。可愛い。2015.9.26 しょうこ