睦言
元々年が顔に出ないタイプの進藤は、二十代になっても三十代になっても出会った時の面影が
そのまま表情に残っていた。
少年ぽい、悪戯っぽい笑顔はぼくの最も好きなもので、それは四十代になっても変わらなかった。
それでも年相応、いつしか頬からは甘さだけが綺麗に抜けて、彼は気がつけば随分と見目の良
い中年男になっていた。
「塔矢、来いよ」
共に暮し始めて何年経つのか、もう両親よりも長い時間一緒に居ると言うのに、未だに彼はぼく
の事を名前では呼ばない。
「進藤、ダメだよ、まだシャワーを浴びていない」
そしてぼくもまた、彼のことを名前では無く名字で呼び続けていた。
「いいってそんなん」
構わないから来いよと、強引なのは変わらなくて。
「良くない、汗臭いから少し待っていろ」
「嫌だ、待てない」
寝室から去ろうとしたぼくの腕をしっかり掴んで無理矢理ベッドに引き戻す。
「進藤」
「ダメ、いいんだ。だっておれ」
おまえの肌の匂いが好きだからと、有無を言わさず首筋に顔を埋める。
そんな所も変わらない。
「キミが良くてもぼくが嫌だって言っているんだ」
「うん、知ってる。でも、もうおれ我慢の限界だから」
このままさせてと、ねだるように言いつつもしっかりと押さえて抵抗出来なくしておいてぼくの前を
はだけて行く。
「進藤…」
「おまえ、少し汗ばんでいるくらいの方がえっちな匂いでいいんだって」
触る手、まさぐる指。
ああ、どうしてこの男は幾つになってもぼくの言うことを聞かないのだろうとそう思う。
「それなら電気を消してくれ」
「ダメ、消したらおまえが良く見えないじゃん」
「見えない方がいい、そんな見て楽しいようなものじゃないんだから」
目の前に居る彼の顔はすっかりと練れた大人の男の顔で、でもぼくはただ無駄に年をとってしま
っているだけのような気がして時々たまらない。
綺麗だと、可愛いと変わらず彼は言うけれど、本当に彼がそう思っているのかどうか、四十を越
えたぼくにはどうしても信じ切ることが出来ない。
年は平等にぼくの上にも下りて来る。
彼が年相応に変わったようにぼくも年相応に変わっているはずで、色々と衰えて来ているはずだ
と思うからだ。
「なんで? 楽しいよ?」
進藤の返事はにべも無い。
「嘘つき」
「嘘なんかじゃないって。おれいつもおまえと居る時思うもん」
うちの奥さんはいつまでも綺麗で美人で可愛くて最高ってと言われて頬が染まった。
「だからそういう所が嘘つきだって言っているんだ」
どこの世界に綺麗な四十代の男が居ると尋ねたら、進藤はぐいとぼくの顎を手で掴んで正面を
向かせてこう言った。
「ここに居る」
おまえがどうしてそんなに頑ななのかわからないけど、おまえはちっとも変わらずに昔も今も美
人だよと。
「大体、おまえんち、明子さんもバケモノじゃん」
大層失礼な言い様だけれど、彼が母を褒めていることはぼくにもわかる。
「最初に会った頃って、今のおまえとそんなに変わらない年だったはずだけどもっとすげえ若く
見えたし、今だってすごく美人じゃん?」
「母はね」
「おまえもそうだって、どうしてそんなに疑うのかな」
こんなに綺麗で可愛いのにと、言ってぼくの唇をぺろりと舐める。キスでは無くて舐めるのはそ
の方がぼくが感じるからで、わかっていてやるのが憎らしいと思った。
「疑うよ―」
だってキミは年を重ねるごとに益々良い男になって行く。それを間近に毎日見ていてどうして我
が身を振り返らずにいられるだろうか。
「まったく…おまえって変わらないなあ」
そういう所、何十年たっても全然変わらないんだよなと、一瞬怒っただろうかと思ったけれど、
彼はただ苦笑のように笑っただけで、その目は別に怒ってはいなかった。
ただ少しだけ悪戯っぽい光が宿っていて、あ、しまったと密かに思う。
「おれ、おまえのそういう所が大好きだけど、おれの大好きなおまえをおまえ自信が綺麗だっ
て認めないのはちょっと嫌」
だから解らせてやんなくちゃかなと、ぐいとぼくをベッドに押しつけ、跨るようにしてぼくの上に
乗る。
「進藤…嫌だ」
「嫌じゃないだろう、大好きだろ」
こういう風に無理矢理されるの決して嫌いじゃないはずだと言われて事実なので唇を噛む。
「それでも…」
「それでも何?」
言いながらウエストの所から手を入れて、ぼくのモノをまさぐる彼は手慣れている。
ぼくの体をよく知り尽くしていて、どうしたら一番喜ぶのかを知っているからこそ、迷い無く指で
触れて来る。
「進―」
「ほら、結構その気だったんじゃん」
前を握られてぐっと息が詰まる。
「固くて濡れてて、いい感じ」
「うるさい」
「後ろももうほぐれてるんじゃないのかな」
言いながら下着ごとズボンを引き下ろされて、思わず彼を振り返ってしまった。
「シャワーを浴びるだけだって言っている。どうしてキミはそのほんの少しの時間が待てないん
だ」
「待てないよ」
だって今すぐぶちこまなくちゃ我慢出来ないくらい、おまえが欲しくてたまらないんだからと、進
藤は言って身を屈めた。
ぬるりと、それが当たった場所が滑るのは、彼がもうかなりその気だという証拠で、擦られるた
びにぞくりとした。
「いいじゃん、別に汗臭くったって」
「嫌だ」
「汚れてるかもとか思ってる?」
「うるさい」
「なんだっていいじゃん、汗臭くても汚れていても、おれはそれがいいんだから」
無茶苦茶だ、相変わらず非道い男だと思いつつ、窄みに宛がわれても逃れようと思えない。
「キミは非道い」
「非道く無いよ」
「非道いよ」
「非道く無い」
ただおまえのことが好きで好きでたまらないだけと言った瞬間にぐっと彼は挿り込んで来た。
「あ…っ」
数限りなく体を重ね、その感触にも慣れているはずなのに、それでも今も挿り込まれて来る瞬
間はどうしようもなく体が怯える。
「力抜けって」
「無理…」
「無理じゃないってば」
ぐっと力を込められて、彼のモノが根元まで収る。
中で膨らみ脈打つそれがぼくの内側をこすって反射のように体が動いた。
「進藤…」
「何?」
「進―藤」
「だからなんだってば」
笑いを含んだ声が憎い。
抜かれて、入れられて、また抜かれて更に深くまで入れられる。
ぐちゃりと湿った音がするのを聞けば首筋が赤く染まるし、あられも無い声をあげそうになれば
恥ずかしさに居たたまれなくなる。
「おまえ…綺麗だよ」
荒い息の中、まだぼくと繋がったまま彼が言った。
「ずっと変わらずすごく綺麗」
背中に置かれる汗ばんだ彼の指に肌が震える。
嘘つきめ、そう言いたくてももう声が思うように出せなくて、ぼくはそっと俯いた。
「どうしておまえっていつまでもこんなに気持ち良くて綺麗なんだろうっていつも思う」
溜息のような言葉は切なくて、ぼくの胸を甘痛く掻きむしる。
「キミだって―」
「何?」
「いつまでも変わらない」
変わらずに格好いいよと、でもその言葉は言わなかった。
言えばきっと調子に乗るから。そんな所まで彼は変わらない。
見た目は変わったのに。
とても大人っぽく変わったのに、それでも中身は全く変わらないんだと思ったら唐突にそれが
おかしくなった。
「あ、なんだよ笑ってるな」
「笑って無いよ」
ただキミが、キミのことがとても好きだと思っただけだと囁いたら彼は背中からぼくを抱きしめ
た。
繋がったまま、ぼくの中で脈打ちながらぴったりと体をつけてぼくにしがみつく。
「大好き、塔矢」
昔も今も変わらずに大好きで大好きでたまらないと。
その声にぼくはシーツをぎゅっと掴みつつ、「ぼくもだ…」と溜息のように返したのだった。
※裏行きにした方が良かったのかなーどうなのかなーとちょい悩みました。でもそんなにそういうシーン無いからこっちでいいのかな。
ヒカルって年をとってもずっと少年ぽさが消えずに残るタイプだと思います。でも顔立ちからは甘いものが消えて、打っている時は結構
怖い感じになるんじゃないかなと。四十、五十、六十になってもずっといい男なんじゃないかな。
そしてアキラはずっと美人。誰が何と言おうとずっと美人だと思います。
2009.7.13 しょうこ