繋ぎたい手



触れそうで、触れない。

触れないけれど、触れそう。


視線の先にいるのは進藤と塔矢で、ただ二人でフツーに並んで歩いているだけなのに、どうして
もやっとした気分になるのか。



「奈瀬ったら、なに進藤のことガン見してんの?」

一緒に歩いていた麻子が言う。

麻子は院生時代にはあまり話をしなかったけれど、お互いプロになってからは結構話すようにな
った同じ女流仲間だ。


「えー? 別にガン見なんかしてないけど」

なぁんか、もやもやするのよねえと言ったら、麻子は笑って「さては惚れてるな」と言った。

「はあ? マジ冗談じゃねーわよ。進藤なんかね、院生の頃から知ってるけど、バカでガキでお呼
びじゃねーって感じなのよ」


そりゃあ最近は背も伸びて顔も随分大人っぽくなった。客観的に見て、まあ割合イケてる方だとは
思うけれど、子ども時代を知っていると、どうしても恋愛対象としては見られない。


(だってあいつ未だに中身はそのままだもんね)

バカでアホでガキ。

だからこそ、今でもこうやってつるんで飲みに行ったり出来るのだけれど。

「進藤五段、結構人気があるんだけどな。塔矢七段は、ほら、ちょっと近寄りがたい感じがするじゃ
ない? でも進藤五段は気さくだし、話も面白いし。もし奈瀬がそうじゃないんだったら、私、紹介し
てもらっちゃおうかなあ」


「やめとけ、やめとけ、あんなバカに麻子は勿体無いって」

そう言いながらも視線は無意識に二人に戻る。

なんだろう、何がそんなに気になるんだろうかと思いつつ、でも結局その時は、それが何かは解ら
なかった。


解ったのはそれから数年後のこと。



「おまえさあ、ちょっとは空気読めよな」

一応恋人ということになっている相手と並んで歩いている時だった。

なんだか妙に手が当たるなあと、体を意識して離した時に呆れたように言われたのだ。

「は? 私が? なんで」
「そんなんだから、今まで誰とも上手くいかなかったんだよ。普通、解るもんだろうが」
「だから何が」


立ち止まって顔を見ると、隣を歩いていた相手―飯島良は、思いきり不満そうな顔でこちらを見てい
る。


「そんなにガツガツ競歩みたいに歩かれたら雰囲気もクソも無いし、タイミング計ってるのに、そのた
びに引っこめられたら手も繋げないだろうが」


「手…ああ」

なるほどねと、見下ろして思い返す。確かに待ち合わせた場所からここまでの間、不自然に何度も
手が当たった。


だから体を離すのに、それでも当たるから不思議だったのだ。

「まったく…よくそれで女、二十年以上やって来れたよな」
「失礼ね、もっとスマートにやってくれたら幾ら私でも気がついたわよ」
「どうだか」


院生時代から変わらない皮肉めいた笑いを浮かべて、それから良は改めて言った。

「で、繋ぐの、繋がないの」
「繋ぐわよ、繋げばいいんでしょう」


そして果たし合いのように手を差し出して握られたその瞬間、電光のように頭に閃くものがあった。

「あーーーーーーーーーーーーーーー…」

そうか、そうだったのかと思い出していたのはいつぞやの夜のことで、どうして進藤と塔矢を見て、
あんなにもやもやしたのかが、やっと解ったのだ。



あの、微妙に触れそうで触れない手。

なのに体を離すでも無く、ずっとそのまま歩いていた。

(あれは手を繋ぎたかったんだ)

意識してだったのか無意識だったのかは解らないけれど、あの時の二人の手は間違い無く、相手
の手を求めていた。


(えーと、でも、つまりそれって…)

そういうことになっちゃうわよねえと眉が寄る。

「なんだよ、気に入らないなら離すぞ」

考え込んでしまったのをどうやら誤解したらしい、ムッとした口調で言われた。

「え? ああ、違う違う。ちょっと進藤のこと考えてただけだから」
「はあ? おまえ仮にもデート中に他の男のこと考えてるってどういう―」


「違うって! そういう意味じゃないことくらい解ってるでしょう」
「じゃあ、なんだよ」
「なんだろうねえ…」


でもまあ悩んでも仕方が無いか。進藤と塔矢がどうだって、そんなこと私には関係無いし。

「ま、いいの、いいの、気にしないで。そんなことより今日は久しぶりのデート! だもんね。朝まで
オールで飲むわよぉ」
「…ほんと、おまえってマジで空気読めないっていうか、ムードクラッシャーって言うか」


どうしたらそんなに鈍感になれるんだと溜息まじりに言われて笑った。

「そう? そんなこともないけどな」

あの時、きっと誰も気がつかなかった二人の違和感に私はちゃんと気がついた。

今でもきっと誰も知らない二人の関係を私だけが知っているんだ。

それって結構すごく無い? と思わず自慢したくなって、でも理由を説明するわけにもいかないので、
黙って口を噤むと、その代わり、見せつけるように繋いだ手を大きく振って歩き出したのだった。



※奈瀬ちゃんは私の中では和谷くんと同じくらい二人の良い理解者です。
些末なことは気にしないって言うか、まあ好きだったらいいんじゃないの的な(笑)
ちなみに最後、誰に見せつけていたかというと、過去のヒカルとアキラにです。


ということで冬祭りに来られない皆様のために。とても代わりにはなりませんが、年末の忙しい中、少しでも気晴らしになったなら嬉しいです。
2011.12.29 しょうこ


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