ウエットなKiss



重ねていた唇を離し、それから溜息のように長い息を吐いて進藤はにっこりと笑った。

「…なんだ?」

舌を絡め唾液を吸われ、息すらも出来ない状態から解放されて、肺に空気を送り込む
ことに忙しいぼくはその笑顔が癇に障った。


「なんでそんな、にやけた顔でぼくのことを見ている」
「んー、いや、この前ネットのニュースで読んだヤツ本当だなって」
「ネットのニュース?」
「ん。オトコは『関係の初期段階であるキスも性交渉の1ステップと解釈している』んだっ
てさ」


そして『キスの相手が性交渉の対象として適切かどうか』を唾液で知ろうとしてるんだって
と言う顔をぼくはぺちりと軽く叩いた。


「その記事はぼくも読んだ。キミは大切な部分をほとんど抜かして話している」

それは男女におけるキスの話だろうと言うと、進藤はあれ? バレちゃった? と悪びれな
く笑って、でも全く怯むことは無かった。


「あれは確か繁殖に適した相手か唾液から知ろうとしているという内容だった」
「うん、でも要はさ」


相手のことをより深く知りたくてオトコはディープでウエットなキスをしたがるってことだろうと。

「おれ、実際そうだもん」

にっこりと笑いながらぼくの頬を犬のようにべろりと舐める。

「キスしていると、もっと、もっとって無意識に思ってる」

もっと深くもっとよりたくさんおまえのことを知りたいと、そんな衝動が起こって口の中をくまな
く探らずにはいられないのだと。


「それはキミが貪欲だからだ」
「でも、おまえもそうじゃん」


心当たりが無いとは言わせないぜと言われて目の下が染まる。

確かに、ぼくはキスが嫌いでは無い。

むしろ積極的に応じているという自覚はある。

「そういうことを口に出して言うからキミは嫌いだ…」
「なんだよ、ホントは好きで好きでしょーが無いくせに」


けらけらと笑ってぐいとぼくを引き寄せる。

あっと思う間もなく唇が重なって熱い舌がぼくの舌を痛い程強く絡め取った。

「………ん」

進藤のキスは長く深い。

舌で口の中の隅々までを探って、それでもまだ足りなくて舌が抜けるのでは無いかと思う程
強く絡めて来る。


そして唾液が口から溢れて滴るのを惜しむように全て吸い取ろうとするのだ。

「……ん……んんっ」

ようやく離れて息をつく。

顎は混ざり合った互いの唾液で濡れていて胸元までこぼれて濡らしていた。

「進藤…キミは」
「おれのこと少しはわかった?」
「え?」
「気が付いて無いん? 今、おれ最初しか積極的に舌を絡めて無い」


後は全部おまえが自分でしたんじゃないかと言われて呆然とした。

(そうか)

そうかもしれない。

彼とキスをすると意識が弾ける。

体中が熱くなり、堪えきれない程の衝動が体の奥底から沸き上がって来る。


少しでもたくさん。

少しでも長く。

少しでも彼を深く知りたい。


「そんなことは無い…言いがかりだ」

睨み付けて突っぱねても嘘だということは自分が誰より良く知っている。

「まあ、嘘でもなんでもいいけどさ」

おれもおまえもオトコじゃん? だからこういうキスになるのは至極当たり前なことなんだ
とおれは思ったんだよと嬉しそうに笑われてまた癇に障った。


「本来の意味でのキスでは無いのに?」
「繁殖なんかくそくらえ、おれ達はさ」


お互いに相手のことが知りたくてたまらなくてそれを深く貪らずにはいられない。

互いに互いを食い合っている、そんな愛し合い方が出来るんだと、それは繁殖で行き止
まる男女の愛より深くは無いかと尋ねられて一瞬返事が出来なかった。


「そんなこと…わからない」
「わかんなくてもいいよ」


それでもおれ達は求め合わずにはいられないんだからと、精々相手のことを深く知るた
めに本能のままに唾液を啜り合おうぜと言われてぺちりと再び頭を叩いた。


「下品なのは嫌いだ」
「はいはい」


おれは下品でもなんでも構わないけどと進藤は笑ってぼくを舐める。

「それでもやっぱり啜り合おう」

おまえの深くを確かめるためと唇を重ねられて反射的に応じた。

間近に見える彼の目が嬉しそうに細められるのがこれ以上無い程悔しい。

けれどそう思いつつぼくは、これは本能なのだからと自分で自分に言い訳して、それから
喜んで彼のキスに彼よりも深く激しいキスで返したのだった。




※この「オトコは〜」というネットのニュースに載っていた記事を読まれた方も多いのではないでしょうか?
なんとなくキスでそれを知ろうとするというのは腑に落ちるような気がしまして。
そしてそれが両方共オトコだったら男女のそれより激しいキスになっても当たり前なんじゃないかなーと思って書きました。


※『関係の初期段階〜』『キスの相手が〜』はネットのニュースから引用させて頂きました。
2009.2.20 しょうこ