家守の話
もともとが古い家なので、イマドキと言われてしまうようなしきたりや言い伝えのようなものが我が
家にはあるんだと塔矢が言った。
その一つが、跡継ぎが生まれた時、ある一定の年齢になると家守が現われて嫁取りの選択を迫
るというもの。
「それがね、昔話みたいで笑ってしまうんだけれど、『富』か『命』か『栄誉』かを選べって言われる
んだよね」
言いながら、塔矢は本当に笑っている。
「それ何? 選んだらそれをくれるって言うの? 随分気前がいい話じゃん」
「いや、もちろん良いことばかりじゃないよ。その代わり塔矢家の跡継ぎは家守が決めた女性と結
婚しなくちゃならない」
大体は親戚筋やら縁のある者を指定してくるけれど、時に全く関係の無い所から選んで来ることも
あるという。
「賢く、強く、生命力の強い血筋を作るためにそういうことになるらしいよ」
まあ実際は家守が選ばせるという形で、本当に嫁を選んでいたのはその家の親戚達らしいけれど
と。
「富が欲しいって言ったら、財産のある家の娘。命が欲しいって言ったら、健康で長寿な家系の娘。
そして栄誉が欲しいって言ったら代々続く名家の娘が連れて来られるらしい」
「なんだ、それって結局見合いみたいなもんじゃん」
「そうだね。初めて聞いた時は怖かったけれど、成長するにつれてそういうことなのかなって思った」
「…で、何? その『家守』が来たって話になるのかよ」
おれも塔矢も二十歳を超えて、ぼちぼちそういう話が舞い込んでくるようになっている。
実家が普通なおれでさえそうなんだから、塔矢なんかさぞやと思っていたのだけれど、そんな仰々し
い言い伝えみたいなものまであるとは思わなかった。
「来たよ、この前」
「へえ? それでやっぱり言われたわけ? 富か命か栄誉かって」
「うん、言われた」
だから少し驚いたよと、塔矢は笑いを含んだ声で言う。
「だってそんな、ただの言い伝えで、本当は親戚のうるさ型の叔父が見合い写真を持ってくるもの
だと思っていたのに、夜、枕元に立たれたからね」
「は?」
そこまで芝居がかったことをするのかと眉を顰めてしまったら、塔矢がにっこりと目を細めて笑った。
「人の形はしていなかったよ」
「はぁ???」
「よく形はわからなかった。でもぼんやりとした霞みたいなものがぼくに確かにそう尋ねた。富か命
か栄誉かって」
その上、サービスがいいことに、器量の良い娘を選んでやるとまで言われたのだと言う。
「ちょ……ちょっと待て、それおまえの叔父さんが夜中に家に忍び込んでって言う話?」
「違うよ。だから言っているじゃないか。人の形はしていなかったって」
話がなかなか飲み込めず、そうなのかと思っても塔矢の口からそんな話が出てくることはとても信
じられなくて口がへの字に曲がる。
「もしかしておまえ…おれのことからかってる?」
「まさか。本当にあった話だから言ってる」
ぼくも信じていなかったんだけれど、どうやら塔矢家には本当に家を守る神様みたいなものが存
在したらしいよと。
どうしてそんな話を笑いながら言えるんだろうかと思いつつ、おれも佐為のことがあるから否定は
出来ない。
「で…じゃあ、まあ百歩譲ってそれを信じたとして、おまえどれを選んだの」
「キミはぼくがどんな選択をしたと思う?」
「そんなの解るかよ、つか、解りたくないし」
親戚の叔父さんでも、家の守り神でも塔矢にどこかの女を宛がおうとするなんて嫌だとしか感情が
動かない。
「あ、もしかして塔矢先生にもその『家守』っての来たんだ?」
「ああ、うん。そうみたいだね。でもその話は後にして、キミはぼくがどう答えたと思う?」
「知らねえ、でもそれが『だからこれでお別れだ』ってことに繋がるんだったら聞きたく無い」
「…キミは本当に直情型だよね」
そして頑固だと少しだけ呆れたような雰囲気を漂わせながら塔矢は言った。
「どれも必要無いと答えた」
「え?」
「富も命も栄誉も、ぼくは貰ってまで欲しく無い、だからいらないって答えたんだよ」
「えーっ、バっカだなあ」
思わず言ったら睨まれた。
「だったら選んだ方が良かったのか?」
キミ以外の誰かを選んで結婚すれば良かったのかと凄まれて、ごめんなさいと謝った。
「そんなの嫌だよ。絶対嫌だ」
「最初からそう素直に言えばいいのに」
「でも、人じゃないんだろ。マジで神様みたいなもんなんだろう?」
だったらそれは選択すれば、桁違いの幸運をこいつにもたらしてくれたのではないだろうか?
「…キミが何を考えているか解るけど、だからってそれがぼくの幸せにはならないよ」
そもそもが家を存続させ、繁栄させるための選択なんだからと。
「でもさ、もしその家守が碁のこと言って来たらどうしたんだよ」
「タイトルを獲らせてくれるとか?」
心底軽蔑したような顔で見られて慌てて付け足す。
「違うって、うーん…そうだな。例えば『神の一手』に手が届くような、そんな一局を経験させてやる
とかさ」
日替わりで強い碁打ちと打たせてやるとか言われたら、おまえ結構揺らぐんじゃないかと言ったら
即座に一蹴された。
「それこそバカだ。ぼくはね、キミと打つのが一番楽しい。キミと打って、キミと共に神の一手を目指
したいんだ」
だから神様の手助けはいらないと、そのきっぱりとした言いぐさに、ほんとこいつこういう所が男らし
いよなと思った。
「それで、じゃあ断ったんだ」
「断った。随分未練たらしく言われたし、キミが付け足したような条件も言われたけれどね」
でも全部必要ないと言ったのだと。
「…ぼくは一人っ子だし、ぼくが結婚しなければ塔矢家の直系はぼくで絶えてしまうからね」
向こうも真剣だったんだろうと。
「…大丈夫なん?」
「さあ? 大いに嘆かれはしたけれど、でも神様だってなんだって人の気持ちを変えることなんか出
来ないんだから」
ぼくはぼくのしたいように生きるよと、あーこいつに選択迫った神様が気の毒と、一瞬だけおれは思
ってしまったりした。
「あ、それで塔矢先生は?」
塔矢先生は家守に聞かれて、それで選択して塔矢のお母さんと結婚したということなんだろうかと思
ったのだ。
「知りたいか?」
おれの問いに塔矢はにっこりと笑うと顔を近づけて来た。触れそうなくらい間近に寄せて、それから
目の中をのぞき込むようにして言う。
「お父さんはね…」
家守の申し出を断って、それでお母さんと結婚したんだよと、そう言った瞬間の誇らしさをおれは忘れ
無い。
「富も命も栄誉もそんなものは自分でどうにでも出来る。でも好きな人だけは逃したらもう二度と手に
入れることは出来ないじゃないか」
だからぼくはキミの手を離さない。やっと手に入れることが出来たのに目先の欲に惑わされて手放し
たりしたらそれこそバカだと、その声も瞳も笑っている。
「まあ…じゃあ、なんだな。塔矢家の神さまは二度もフラれてお気の毒って。そーゆーこと?」
「そーゆーこと、だよ」
そして珍しく自分からおれにキスをした。
滅多にそんなことはしないのに、少し照れたような顔をして唇を重ねて来た塔矢に、おれは思わず
そそられて、その気の毒な神様が守っている家の中だというのに、思いきり塔矢を抱きしめてキスを
しかえしてしまったのだった。
※夏なので、ちょっとだけ怪奇譚テイスト。人間だけじゃなく、神様にまで見合いを持って来られてアキラも大変だという話でした。
パパもアキラも家の存続とか気にしないタイプです。自分が大切だと思うことを大切にする。優先順位を間違いません。
ということで、相変わらずこんなものが夏祭りの代わりになるとは思いませんが、ほんのちょっとの暑気払いに。
2013.8.10 しょうこ