※この作品は春待宴様に投稿させていただいたものです。




嘘つき





好きな人は居ないと言った。

だから恋人も作らないと言った。

一生囲碁だけで、打ち続けるだけの人生でいいと。まだ二十歳に手が届くか届かないかという
年で随分刹那だと思いはしたけれどそれを聞いてほっとしたのは確かだった。



「一生独身で居ると思う」

だからおまえも、もし結婚したとしてもおれとたまには打ってくれよなと、その時なんと答えたのか
わからないけれどたぶん「もちろんだ」と答えたはずだと思う。


「もちろん結婚しても子どもが出来たとしても、一番打ちたい相手はキミだけだから」
「じゃあ約束な」


ずっとおれと友達で居て。おれ達ずっと親友だよなと。

暖かい指に指切りされて頬を赤らめながらも真剣に頷いた。絶対にその約束を違えたりはしない
とぼくは心からそう誓ったのだった。



なのに。




「…キミは嘘つきだ」

ベッドに横たわり、まだだるい体でようやく瞼を開きながら、ぼくはすぐ側にある進藤の背中をぺ
ちりと叩いた。


「何が友達だ、何が親友でいようだ」

キミは親友にこんなことをするのかと痛む体で恨めしく言ったら進藤は振り向いて「ごめん」と悪
びれなく笑った。


「んー、少なくとも親友でいる間はしないな。それにもう今はおれら、『親友』じゃないだろ?」

もう『恋人』になったもんなと、笑み崩れる顔は見ているこちらが恥ずかしくなるほど幸せに満ち
たものだったので、ぼくは悔しいと思いつつ彼のその表情に胸が熱くなるのを押さえられなかっ
た。


「何が―キミは恋人も作らないって言ったじゃないか」
「うん、おまえ以外の恋人を作るつもりなんて無かったから」


だからあの時はああ言ったんだと、何も嘘をついていないという背中をもう一度叩いた。

「好きな人も居ないってぼくに言ったんじゃないかっ!」
「あー、だっておまえ『好きな女性はいないのか』って聞くから」


だから居ないって答えたと一つも嘘は言っていないとしれっと言うのが気に障る。

「そんなの屁理屈だ。キミはぼくに好きな人は居ないと言った。だからぼくはずっとそれを真に
受けていたのに」


真に受けて自分の恋は叶わないと諦めた。

それなのに諦めて必死で気持ちを押し隠して来た自分に進藤はいきなり「好きだ」と告白して
きたかと思うと、そのまま確かな返事を受け取らないうちに自分を押し倒し、そのままなし崩し
のように抱いたのだった。


「ぼくは―ずっと苦しんで来たのに」
「うん、ごめん」


ぺち、ぺちっと背中を叩く。

「なのにいきなり『好きだ』『おまえは?』『もし嫌だったらそう言って』なんて」

抱きしめられ、人の肌の温かさを感じながらどうしてそれを拒めるだろう。ましてやそれが恋
い焦がれてきた相手のものならば。


「だっておれ、おまえがおれのこと好きだなんて思いもしなかったから。好きは好きだろうけど、
そういう意味で好きだなんて―そんなおれに都合の良いことあるわけないって思ってたから」


だから諦めようと思っていたのにおまえ自分も「好きな人はいない」なんて言うからと責めるよ
うに言われて唇を噛んだ。


「あれは―キミが話を振ったんじゃないか」

久しぶりにオフがかち合って、進藤の家で二人で打った。

打った後は当然の如く食事もして翌日が休みだったので酒も飲んでしまった。

飲んだ時に出た話は囲碁のことがほとんどだったが何故かふとぼくは彼に聞いてしまったの
だった。


「いつだったか言っていたあれは、今も変わらないのか?」
「アレって?」
「好きな人はいない。恋人も作らないって―」


今でも一生囲碁だけの人生を送るつもりなのかと聞いてみたのは、酔いがまわっていたから
なのかもしれない。


それとも、もしかしたらほんの僅かでも自分に望みは無いのかとそれをもう一度だけ確かめ
てみたかったのかもしれなかった。


「変わらない。今も同じ」

だからおまえも結婚しても―。

彼が言いかけた言葉をぼくは遮った。

「それじゃぼくも結婚しない。好きな人はいないし、この先恋人を作る気も無い」

ぼくも一生囲碁だけの人生を送ることにするから、寂しい者同士ずっとぼくと打ってくれと、そ
うしたらいきなり進藤に肩を掴まれたのだった。


「なんだよそれ」
「何って?」
「おまえマジで好きな女いねーの?」
「いないよ? いたらキミにとっくに話している」


進藤の指は痛い程力が込められていて、爪が肌にくいこむほどだった。

「なんで?」
「え?」
「なんでそれで一生なんて言えちゃうん? これから好きな女が見つかるかもしれないじゃん」
「見つからないよ、きっと」


だって好きな人は今ぼくの目の前に居るのだからと、それは本当に口が滑って出た言葉だっ
たので、言ってすぐぼくは打ち消した。


「ごめん、今のは嘘だ、だからキミも」

忘れてまでをぼくは言わせては貰えなかった。

いきなり強い力で床に倒されてそれから服の前を開かれる。暖房が効いているとはいえ、冬の
部屋の空気に身を震わせると進藤が慌てて開いた前を閉じた。


「進藤!?」
「ごめん、いきなりだけど。それでもってもしかしたらこれで嫌われちゃうかもだけど…でもさっき
おまえが言ったこと、嘘だなんておれには思えない」


おまえ本当はおれのこと好きなんじゃねーの? と間近に迫る瞳に思わず視線を逸らせた。

「好きじゃない、今のは嘘だ、言い間違えたんだ」
「何に? 何に言い間違えたんだよ」


言い間違えをするような言葉じゃないし、どんなに酔っていてもおまえはあんなことを冗談で言
うヤツでも無いと。迫る瞳は怖い程真剣だった。


「お願いだからもう一回だけ聞かせて」

聞き間違いだと言うならその言葉をおれにはっきり聞かせてくれと言われてぼくは首を横に振
った。


「い、嫌だ」
「どうしても?」
「どうしても…絶対にもう二度と言わない」


あれは酒が言わせた言葉だから言うわけにはいかないのだと、そうしたら進藤は肩に置いた
指に益々力をこめて言った。


「じゃあおれは言うよ?」
「え?」
「一回だけしか言わない。そしてもし拒むなら二度と言わない」


だから今すぐ聞いてそれで決めてと、そして真正面から見つめられて一言一言区切るように
はっきりと言われたのだった。


「おれ、おまえのことが好き」
「え?」
「だからおまえのことが抱きたい」
「………えっ……」
「もし嫌なら今この場で言って、そうしたらすぐにやめるから」


でも嫌って言わないならこのまま抱くと、迫られてぼくは目を瞑った。

あまりにも突然の事態にYESと言うこともNOと抵抗することも何も出来なかったのだ。

「塔矢!」

ぎゅっと唇を結び、固く瞳を瞑ったままのぼくをしばらく見つめた後、進藤はため息のように
息を吐いて静かに言った。


「それが…おまえの答え?」

いいってことだよなと、ぼくはもしかしたら微かに頷いたかもしれない。

けれどそれ以上のことは何も出来なくて、彼の指がぼくの肌を這うのに任せた。

「塔矢…大好き。絶対に…」

絶対に痛く無いようにやるから、だからごめんなと。そして彼はぼくに優しく初めてのキスを
したのだった。





「…なのに嘘つきだ」
「えー?」
「痛く無いなんて…ものすごく痛かったし」


抱き合っている時のことを思い出してつい眉が寄る。

「優しくするって、一生大事にするって言ったくせに、ぼくが嫌だと言っても二回もした」

初めてで二回もするなんて信じられないと、まだ痛む節々に顔を歪めながら言うと、進藤は
さすがに申し訳なさそうな顔になった。


「だって…おまえがあんまり可愛い顔であんあん言うから止らなくなっちゃって」

自分では思い出したくもない恥ずかしいことをてらいなく言われて頬が染まる。

「嘘をつくな!」

べちっと今度は遠慮無く強く背中を叩いてやった。

「何が友達だ、何が親友でいてくれだ」

キミの言うことなんかもう何も信じないからなと言ってもう一度叩こうとした手をそっと進藤に
握り取られた。


「叩くぐらいさせろっ!」

睨みつけると困ったように笑う。

「んー、確かにおれ、強引だったし嘘つきかもだし、叩かれても仕方ないとは思うんだけどさ」

でもよく考えたらおまえも嘘つきだったよなと言われて振り解こうとした力が抜けた。

「好きな人はいない、だから恋人は作らない」

だから結婚はせず一生囲碁だけの人生を送ると、それは嘘だったじゃないかと言われてぎゅ
っと唇を噛む。


「だってそれはキミが…」
「うん、先におれが嘘をついたから」


だからおまえも嘘つきになっちゃったんだよなと、言いながらぼくの手を二度、三度と優しく撫
でるとそれからそっと唇を押し当てる。


「だったらもうおれはおまえに嘘はつかない。おまえが好き、さっき言ったのは本当に本当だ
から」


嘘偽り無く真のことだから、こんな嘘つきでも恋人になってと、言われて肌が燃えるのがわか
った。


「そんなこと…言われても」
「おれのこと好きじゃない?」
「好きだよ…ずっと」


さっき言ったじゃないかと言う声音はどうしても拗ねたようなものになってしまい、進藤はおか
しそうに笑って再びぼくの手に口づけた。


「うん、そうだな。ヤッてる最中何度も言ってくれたもんな」
「違うっ!」
「違わない」


何度も何度も譫言みたいにおれのこと好きだって言ってくれたと、半ば記憶にないことだけれ
どうっすらと覚えていないことも無い。


好きだ好きだ好きだと、内側からの熱に浮かされながら喘ぎに交えてつぶやいた言葉は、思
えば一番正直な気持ちの吐露だったのかもしれない。


「じゃあ…ぼくも仕切り直しだ」

キミのことが好きだ。ずっとずっと好きだった。それは嘘偽りのない真だと少しだけ泣きべその
ようになってしまった瞳でじっと見つめながら言ったら、進藤は笑って、より深く腰を屈めぼくの
唇にキスをした。


「おれも好き。大好き」

友達で、友達じゃなく。

親友で、親友じゃない。

だから一生恋人も作らなくて、結婚もしない。

「おまえ以外とは」と言われてぼくも微笑み、キスを返しておずおずと答えたのだった。

「うん――キミ以外とは」




今回のテーマは「初めて○○をする二人」ということで
そのまんまですが(^^;「はじめてえっちをする二人」で書かせていただきました。
どうも私はこういうなし崩しゴーインヒカルに押し切られるアキラが好きみたいです(汗)


2008年8月 しょうこ


ブラウザの戻るでお戻りください。